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今カノ、次カノ【ショートショート】


講義が終わった後、いつもの男友達4人で駄弁っていた。
こいつらとは大学の中でも一番仲が良い。が、4人全員が取っている講義はこれだけなので、講義が終わると何ともなしにそのまま居座ってしばらく喋っていく習慣がいつからか定着した。
今日の話題は、大翔ひろとに気がある女子のことらしい。大翔はその子が自分を好いていると、かなり自信があるようだ。本人にも今彼女はいない。だがその子と付き合いたいと思うほどでもない、というのが正直な所だという。
「告られたら付き合えばいんじゃね?」
そう言う理久りくに、大翔は
「告られ待ちっぽいんだよな。好き好きしてくるんだけどアクションしてこないっていうか」
と答えた。
「あ~w」「めんどww」
そんな声が冗談交じりに飛び交った。
もう少ししたら、僕は行かねばならない。彼女のゼミの発表を手伝う約束をしている。

「その子、優しい子?」

僕は大翔に聞いた。

「え・んーまあ誰にでも優しい子だけど。可愛い子かどうかじゃなくて聞くとこ、そこ?」
「誰にでも優しい子ってことは自分の見せ方分かってっから可愛い子でしょ」
僕がそう答えると、大翔は納得したようだった。
「付き合えばいいんじゃない。じゃ、行くわ」
僕はバッグを持って席を立つ。
「あー今日お前の彼女の何とかっていう手伝いか」
「うん」
「マメだなーw じゃなw」

僕は別にマメじゃない。彼氏、という責務を一応果たしているだけ。彼女が好きだから、手伝いを買って出たわけでもない。大翔と同じく、大して好きとも思えない彼女と付き合っている。
本来なら、ゼミの発表の手伝いなんて、同じゼミ仲間に頼めばいいのだ。
「発表の手伝いは各自一名まで、誰に頼んでも構いません」という教授の言葉に、彼女はあえて僕に頼んできた。
学部すら違う、一つ先輩の僕に。
彼女の魂胆はわかっている。
同じゼミ仲間の女子に、ただ僕を「見せたい」だけなのだ。
女子から人気で、いつも彼女がいて、けれどけして遊び人ではない彼氏。それが今は自分の彼氏なのだと、彼女の自尊心を満たすためだけに僕に手伝いを頼んだのだ。そして同じくゼミの男にも、「私はアンタ達より格上の男を捕まえることが出来る女よ」と愚かにも表明したいのだろう。
彼女にとって今日は、ゼミの発表会であるとともに、「僕の発表会」でもあるんだろう。
二週間前に手伝いを打診されたときにその考えが見えてしまった僕は、いよいよ彼女のことが好きではなくなった。


彼女の学部へ着き、普段歩き慣れていない建物の中でようやく会場を見つけた。文学部の彼女の手伝いに、理学部の、しかも一つ先輩の僕が入って来たことで会場内のゼミ生達が一瞬驚いていた。
え・なんで? とか、吉良さんじゃない? などチラホラと耳に届く。

「あ、来てくれたー! 間に合ってよかったあ! 部屋わかんないかなーって思ってたの」

彼女はこれ見よがしに僕の腕を取ると、あらかじめ確保しておいたらしい席へ誘導した。僕は、ただ優しく微笑むだけだ。こういう場では、それで充分だ。

「真希ちゃん、えっと....…彼氏さん? に手伝い頼んだの?」

彼女まきの友人らしい隣の席の女の子が、彼女に聞く。

「うん、みんなお互いの発表手伝い合うから、忙しいだろうなと思って。みんな自分の発表もあるのに、手伝ってもらうのも気が引けちゃって......」

真希はいかにもな理由を述べた。
友人らしい女の子は、そっか、そうなんだと愛想笑いしつつ軽く答える。
僕は相変わらず、微笑みは崩さない。ただ、簡単に付け加える。

「僕だけ部外者っぽいけど、気にしないでね。彼女の発表の番にプロジェクターいじるだけだから(笑)」

そう言いつつ、名前も知らない真希の友人に微笑んだ。その子は自然な笑みでニコリとすると、同時に何故か頭を下げた。


ゼミ生達の発表は進んでいった。来るまでは大して興味もなかったが、普段あまり触れない分野という事もあってそれなりに新鮮な気持ちで見ていた。
意外にも、真希の発表はちゃんと形になっているものだった。

「...…このように、文字を置き換えて80通りの組み合わせを作っても、その意味が同じである、ということがわかります」

よくわからないが、大昔に使われていた古代文字っぽいものの意味を確定するための証明、のような内容だった。
原稿を手元にマークされた箇所でプロジェクターを操作しながらも、「ふうん、面白いな」など知的好奇心を刺激されながら見ていた。
発表が終わり拍手の中、真希が席へ戻って来た。

「意外と真面目に研究してんだ(笑)。良かったよ。面白かった」

そう感想を言う僕に、意外とって何~! と明るく笑いつつ、真希がしなだれかかってきた。
周りが見ていた。それをわかっていて、真希はこういう行動をしている。
これさえなきゃな、と僕はせっかく良い発表を聞いた満足感が、またげんなりと萎んでいくのを感じた。
真希の発表は午前の最後で、昼休みを挟んだ後で午後から発表の学生もいるらしい。
だが僕はこれでお役御免だ。
帰ろうとしたとき、真希が声を掛けてきた。

「午後から発表の人もいるから、お昼ここで食べる人は食べていいよって教授が言ったの。コンビニでお弁当買ってきてるから、玲奈ちゃんと一緒に三人で食べようよ」

ああ、真希の隣にいたこの子、玲奈っていうのか。
おそらく真希は、この部屋に残ってお昼を食べる人たちにまで、僕たちの恋人っぷりを見せつけたいんだろう。発表の時は黙って静かにしているしかなかったが、昼休みとなれば遠慮なく恋人らしい光景を実現できるからだ。
さっさと帰りたかったが、玲奈という子がニコニコしていたので、その場に残ってコンビニ弁当を食べることにした。
やや後ろの方からは、同じく室内に残って昼食を取り始めた女子の声がヒソヒソと聞こえる。

(発表終わったんだから帰せばいーじゃんね。何引き留めてんの?)
(てかさ、みんな自分らで手伝い合ったのにさ、彼氏連れてくる? 彼氏が吉良さんじゃなかったら絶対ゼミ仲間に頼んでたくせに)
(それ。前の彼氏とかだったら呼んでないって。どんだけ自慢したいんだよってカンジ)

あーあ真希ちゃん、敵作ってますねー(笑)
でも自業自得だよ。そんな君との別れも、そろそろ近そうだね。
真希はそんな陰口はどこ吹く風で、コンビニ弁当を上機嫌で開けてはライスを口に運んでいる。その次は、添えられた焼きそば。そしてまた、ライス。焼きそば。
またこれだ。なんでこの子は、こういう食べ方するのかなー。

「また炭水化物ばっかり先に食べて。おかずも食べなさい」

僕がそう言うと同時に、隣の玲奈ちゃんが自分のお弁当からサッとエビフライを真希の弁当に乗せた。真希は僕の方を向いていたのでそれに気付かず、

「も~またお父さんみたいなこと言う~」

と笑っている。そして自分の弁当に視線を戻すと、

「あっ、エビフライ入ってたあ~♪ えー気付かなかった」

と言ってパクっとエビフライにかじりついた。

僕は微笑んだ。真希は、自分に向けての笑みだと思って「えへへ」と微笑み返した。でも僕が微笑んだのは、君の肩越しに優しい顔をしている玲奈ちゃんに向かってだ。君にじゃない。
玲奈ちゃんは、僕の微笑みを受け取った。彼女は僕に微笑み返した。

次に付き合うのは、この子かな。

【FIN】





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