あの角を曲がれば…

僕にとって“惹かれる音楽”とは、廊下の角を曲がった時に突然現れた見知らぬ女子との“衝突”のようなものだ。
避けようもなく彼女と衝突し、「ごめん」と言いながら教科書を拾う。次の日彼女は隣のクラスであることが分かり、その次の日には何やら大きな楽器のようなものを背負った彼女を見かけ、雨の日には赤い傘をさすこと、体育がどうやら苦手らしいということ(走り姿を見てしまったのだ!)、ときどきべっこうの眼鏡をかけることなどを知る。
いつもの場所、いつもの時間、いつもの心情に、いつもは存在しないはずのものが突然目の前に現れ、心の中のたまたま空いていた“すきま”に挟まり、以来取れなくなってしまう…そんな感じだ。

今回はそんな“衝突たち”を思い出せる範囲で紹介していこう。(最後に登場した作品をまとめて記しておく。)

先日『グッドフェローズ』を観た。
観るのは2回目。
ショッキングなシーンで突然流れる『Atolantis』。妙に胸を打たれた僕は、堀周平氏にその旨を投げたー最近そうするようにしているのだけれど、興味の湧いた音楽に出会った時、つぶやいたり、ストーリーに載せるようなことはせず、氏に想いを投げるようにしている。すると、「歩く音楽辞書」と僕が評する氏は広がりをもたらす音楽を僕に投げ返す。ーすると氏は、ドノヴァンの名曲を紹介してくれ、その曲の入ったアルバムを僕は丸ごと午前中かけて聴いてしまった。そういえばお礼をまだ言っていない。

いつか誰かがカラオケで歌っていた『真夏の革命』。珍しいケースだったけれど、紛れもなく“衝突”だった。めきめきと力が湧いて「仕方ねえ。今日も生きてやるか」と“ニヒリスティックぶる”ことが出来る。ちなみにアルバム『ライフ』は、僕の短い留学生活を支え、今でもあれを聴くと小ぶりでまるっこい地下鉄がホームに滑り込む様子を思い起こさせてくれる(エレカシがどうして!)。

体系的に音楽を追っていた時期もあったがロクなことがなかった。
「ビートルズ好きなら90年代、00年代のUKロックを聴け。」
間に受けた10代の僕は片っぱしから“いわゆるUKロック”を聴きまくった。“時間の無駄だった”ということだけを学んだ。自ら“衝突”を狙っても、僕にはそれがどうしても出来ない。
ーちなみに、これは余談で、定期的にお願いしていることなのですが、皆さんどうか僕に音楽を勧めるのはよしてください。どんなに素晴らしい作品でも、その時の僕にそれを受け止める為の“すきま”がなければならないし、“すきま”があった試しは一度たりともありませんでしたし、それにあなたのそのむかつく顔がちらつくその作品が良いと思えるわけがないではありませんか。どうか僕がその作品に“衝突”するのを待ってください。
ー失礼。そう、ブラーとの“衝突”。1年前に自分でも気付かぬうちに“すきま”に入り込んでいた『Trimm  Trabb』は突然脳裏に蘇り、妖しく僕の前で踊り出した。大学時代、アルバム『13』の歌詞を暗記することに躍起になっていた時期があった。ビートルズでも未だ歌詞を全て暗記したアルバムはない。

ショッピングモールのトイレで“衝突”した『♯1 In Your Heart』。疾走感の中に漂う気怠げなサウンド。荒野にまっすぐ伸びた道を希望に満ちた表情で走りながら、しかし向かう先の空には黒い雲がもくもく(雷雨まで見える)…そんな天気雨のような曲だ。矛盾を愛する僕にぴったりではないか!
この曲は『ホラマタウワノソラ』の基礎となった。あの時の便意とダウンロードしたてだったShazamに感謝したい。
(余談になるが菊池万博のライブを観た人は大抵「ビートルズだねえ」だとか「ポールっぽい」などとおっしゃるがこれは的を射ているようでそうではない。ただ一度、静岡UHUのボスに「お前WingsのVenus And Mars好きだろう」と言われた時は肝を冷やした。)

Shazamで思い出すのが、そんなものがなかった時代の話。
小学生だった僕は離陸前の飛行機の中でそれはそれは大きな“衝突”を経験する。7、8年後、年末の(国民的)音楽番組にて『Orinoco  Flow』を歌うその女性を目の当たりにする。もはや悲劇だ!

さて、“衝突”はいつ起こるか分からないもの。街の中、ラジオ、テレビのコマーシャル、喫茶店、あなたの鼻歌、洋服屋をうろついている時でさえ。
「あの角を曲がる時あるいは…」などと期待することも許されない。

そんな無防備と油断が生む“衝突”を僕は明日も待って…いやはや待ってはいけない。


作品リスト
『グッドフェローズ(映画)』/マーティン・スコセッシ監督
『Atlantis』/Donovan(『Barabajagal』収録)
『真夏の革命』/エレファントカシマシ (『ライフ』収録)
『Trimm Trabb』/Blur(『13』収録)
『#1 In  Your Heart』/Cocosuma(『Reindeer  Show The Way』収録)
『ホラマタウワノソラ』/菊池万博(『関係者以外立入禁止』収録)
『Venus And Mars(アルバム)』/Wings
『Orinoco Flow』/Enya

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