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【連載小説】「雨の牢獄」解決篇(五)

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【注意】
本投稿は、犯人当て小説「雨の牢獄」の解決篇です。
問題篇を未読のかたは、そちらからお読みください。

※「雨の牢獄」についての説明はこちら

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「いや、この問は間違っているな……正確には」
 黎司は言い直す。
「すり替える前の足跡をつけることができたのは誰か、と考えるべきだろう」
 無言で運転を続ける瀬奈。
 諦めて、黎司は説明を続ける。

「事件発見時の足跡は、離れから裏口に向かって後ろ向きに歩いたものだ。つまり、その足跡をつけた人物は、正午前後の降雨の直後に離れにいなければならない……ああ、これは暗黙の前提というか、自明な事実のようになっているけど、その足跡をつけた人物こそが犯人だ……これも念のために検証しておくけど、そのために、ここで一旦、無関係の第三者が離れにいた可能性は無視することにする」
 深呼吸のように、瀬奈は深く息を吸い、そして静かに吐いた。
「すると、サンダルの足跡の主は被害者か犯人のどちらか、ということになる。離れで殺害された被害者が、本館の裏口でサンダルを拭うことはできないから、やはり、サンダルの足跡の主は犯人ということになる……ということは、犯人は正午前後の降雨の直後に離れにいた……つまり、犯人は正午前後のアリバイがない人物だ」
「嘘よ」
 と、瀬奈がつぶやいた。
「劇団メンバーの中で、唯一、午前十一時過ぎに被害者がリビングを離席してから正午前後の降雨までの時間帯で、単独行動できた人物……該当するのは」

 ――月島蘭夫人だけだ、と黎司は断言した。

 ボンネットを叩く雨の音が大きくなった。
 街が近づくにつれ、夜が明けるにつれ、また雨脚が強まってきた。

「しかし」
 と、黎司は自分自身に否を唱える。
「鑑識によって、蘭夫人の死体の頭部の殴打痕は死後につけられたものだと断定された。この事実を覆すことはできない。殺害された夫人が犯人ではないとするならば、なにかの前提が間違っているということになる」
「わかったわ」
 と、瀬奈が唐突に、力強く、口を開いた。
「降雨前に犯行を犯すことができた人物がいない、ということは『犯人は降雨後に犯行を犯した』ということになるわけね」
「どういうことだ」
 こう考えるのよ、と瀬奈。
「まず、太郎さんは降雨前に裏口から離れに向かった……でね、ここが重要なんだけど、そのときに太郎さんが履いたのはサンダルじゃないのよ」
 どういうことだ、とまた黎司は繰り返した。
「離れの土間だけど……履物がいっぱい散乱していたでしょう」
「ああ」
「じゃあ、その中のどれかを太郎さんが履いたと考えてもおかしくないわけね」
「それは……そうだね」
「太郎さんが離れに行った後で雨が降り、別荘の周囲一帯が泥の海になるわけだけど……この状態で、本館の裏口にはサンダルが残されているのよ」
 そうか、と声を上げる黎司。
「犯人はそれを持って離れに向かった……と言いたいわけか」
 そういうこと、と瀬奈。
「犯人はまず玄関に靴を取りに行き、それから廊下を通って裏口で向かう。裏口で靴を履いてから、サンダルを手に持って、そして……爪先立ちで離れに向かうのよ」
「ああ」
「離れで犯行を終えてから、それから今度は、靴を手に持ってサンダルを履いて……そして、離れから裏口に向かって後ろ向きに歩きながら、爪先立ちの足跡を踏み潰していったのよ」
 自分自身に言い聞かせるように、頷きながら説明を続ける瀬奈。

「つまり、事件発見時に見た足跡は、既に偽装されたものだった」
 黎司君の表現を使うなら、と瀬奈は笑った。
「足跡は二回、すり替えられたのよ」


※【解答篇(六)】に続く


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