威信言語とマイノリティ、多様性
《パワーワード》という、いまや使い古されたことばが吹っ飛ぶくらいのパワーワードを知ってしもうた……(@_@;)
それは、
威信言語
強い。
強い。
強い。
間違いなく最強。
とにかくみなさん、↓の note 読んで。
この note の筆者と自分は同世代。まちがいなく、同じもどかしさを共有している。
おそらくは、自分たちの世代が、ふるきよきもの、本当の意味での、生身の生活に根ざした「伝統」と、いまどきの、ほぼ標準語と都市化と東京化で標準化され終わりつつある日本とを繋ぐ、最後のリングだという自覚も、共有している。
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方言も日本語も消えてほしくないけど、デンマーク語もなくなったらこまる。
どうせ外国語を学ばねばならないなら、英語ではできない表現が可能で、どこか日本語とおなじにおいのするデンマーク語が私はいい。ヨーロッパのずーずー弁、とでも名付けたい、野暮ったくてなだらかでやさしげな音もすきだ。
ことばが多様で通じない、それは確かに不便だというのも理解はできる。
だけど、ことばが多様だから、そのうちのどこかに自分の感覚にピッタリフィットすることばが存在する……だどりつけるかはとうかは別として。
漢文、古語、そして、デンマーク語……こころの底から好きとおもえる書き言葉にたどり着けた自分はラッキーだとおもう。
#ことば #言語 #外国語 #日本語 #方言 #威信言語 #標準語 #多様性 #伝統
いま、病気で家にいるので、長い記事がかけてます。 だけど、収入がありません。お金をもらえると、すこし元気になります。 健康になって仕事を始めたら、収入には困りませんが、ものを書く余裕がなくなるかと思うと、ふくざつな心境です。