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絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #1

  目次

 子供は非常に貴重な資源だ。
 無力な子供を殺すことは多くの人間に強く忌避される大罪であり、罪業変換機関の高効率な非常用燃料としての利便性が高い。
 だから、ヴァシムたちがその老人を集団で殴り殺したとき、配給券や銃器とともに可愛らしいデザインのローファーを懐に忍ばせていた事実を知っても、余計な感慨を抱かずに済んだ。
「こいつ、燃料ガキを囲ってる」
「馬鹿が。ヤサを聞き出す前に殺しやがって」
「おい、俺のせいだってのか」
「黙れ」
 ヴァシムが背中越しにぴしゃりと言い放つと、その場が静まり返った。異様な緊張と畏怖が、後ろの連中に張り詰めた沈黙を強いている。
 それには一切取り合わず、ヴァシムは老人の衣服を剥ぎ取り、内側まで調べ上げた。
「ふん」
 あった。腹の部分の皮膚が変色し、わずかに盛り上がっている。軍用ナイフを抜いて刃先をその縁に入れる。わずかな出血とともに変色部位全体が四角く浮き上がった。手首をひねると皮膚が張り裂け、プラスチックのID素子が出てくる。
 血に塗れたそれを、背後に投げた。部下が慌てて受け取り、素子を違法改造端末に差し込む微かな音。
「ID持ちの市民様が、どういうわけか身分を隠して貧民窟でガキを飼っている。なんかあるな」
 思案する。厄ネタか? だが、罪の匂いもする。
 それに、市民を殺した以上、ヴァシムの腹に消化器官と置換される形で内蔵した罪業変換機関も相応に活性化しているはずだ。機動牢獄でも出てこない限りはまず返り討ちにできる。
「決めた。このジジイのヤサを漁る。ガキがいれば良し。いなくとも手掛かりぐらいはあるだろうよ」
「解析、一部終わりました。電子錠のロックと紐づけされてますね。最近の使用履歴はそればっかです」
「老いぼれの脚だ。そんなに遠いわけがねえ。このあたりの電子扉を片端から当たる」
 部下たちの応えを聞き流しながら、ヴァシムは立ち上がった。
 ID素子をひったくり、歩き始める。

【続く】

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