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相手の利益を守れますか。

これがここ数年の私のテーマである。

まず先に相手の利益を守れるか。
だからといって自分が犠牲になるという意味ではない。

ある日私はウンザリしたのだ。
損得を考えて賢い選択をしようとする自分に。
私は自分のそういうところが好きになれなかった。
だからもう止めたんだ。


先日参加したイベントでも、ちょっと考えさせられる出来事があった。

向かいのブースの若者たちは搬入時から通路いっぱいに荷物を広げ頑張っている。
そして開店すると大きな音でBGM、モノを配っての客引き、しまいには私のブースを見てる人にも声をかける始末。

最初は腹が立って注意し、控えてもらった。
私はじっと我慢できるタイプではないのだ。

だけど時間が経つにつれて見えてきた。

奪うように引っ張ってきたお客さんは、なかなかそこに定着しない。
流されやすい人、流されたい人、そしてその作品が気に入った人などそれなりにマッチングはあるものの、やはり少ないしすぐ去ってしまう。

そのお客さんはあくまでも強引に連れられてきた人であって、自分の意思で選んだわけではない。
見てあげているのだ。

なんていうかな、彼らは奪う。
きっと無意識に色々なものを奪う。

悪い人間ではないと思うし、周りが見えてなくて自分たちのことに必死なだけなのだろう。
自分たちのアピールが出来ればそれでいい、他店を出し抜きたい、お客さんさえも丸め込んで売ろうという態度も見えてしまう。
得ることに必死な人たちだ。

だけど多くは得られない。


きっと、相手の利益を守れない人に本当の利益はやってこない。

私も過去に、自分の損得勘定に心底ウンザリしたときがあった。
50:50を目指せば目指すほど損得勘定に支配される。
賢い選択をしてたつもりだった。
誰も損をしないことを目指してるつもりだった。

だけど、物事に完全な50:50など存在しない。
片方が51になればもう片方は49。
このバラツキが大きくなったり重なれば、自分だけ申し訳ないとか、アイツはいつもズルイとか思ってしまう。

私はこんなにしてやってるのに、相手はこれしかやってない。私ばっかり‥

そう思ってしまうことに違和感を感じていた。
そしてそんな自分に心底ウンザリしてしまった。

そもそも最初から相手に得をさせればいい話じゃないか。

モノだってコトだって態度だって言葉だって、相手の利益をいつだって守ってさえいれば自分も気分がいいし、相手も気分良くいてくれて上手く回って行くのではないか。
自分が喜びたいならまず相手を喜ばせた方がいいし、優しくしてもらいたいならまず相手に優しくした方がいい。

仕事だってそうだ。
競合を出し抜いて、取引相手に損な条件飲ませて得した気になったってそれが何になる。
表面的に得たものよりも、本質的に失うものの方が多いならそれこそ本当の損だ。

それを自分が何もしてあげないのに条件ばかり並べる婚活みたいに、絶対自分だけ損したくないという態度で信用なんか得られるものか。

自分が損したくないということは、相手に得をさせたくないということだ。
損得の数を見張っては相手にズルイとか思うくらいなら、最初から相手に得をさせればいい。
惜しむな、それは損じゃない。
利益はそこで決まらない。


相手の利益を守れていますか?
アイツより得してやろうと思っていませんか?

時々自分に問う。

まだまだだなと思ったり。
やっちまったと思ったり。
これでよかったんだと笑ってみたり。

でもいつか、問わずともそれが私の当たり前になれたなら、私の世界はずっと平和だ。


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