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縁と映画と卵焼き

シャカシャカ、シャカシャカ……ジュワ~。

映画館の大きなスクリーンに映し出されたのは、沖縄のおばあが卵焼きを焼くシーンだった。それはきれいな楕円形のオムレツではない。ごく普通の家庭でお弁当用につくるような「卵焼き」なのであった。

私はそれを見たとき「ああ、あの店の卵焼きが食べたい……」と思った。

渋谷にある映画館(正確には試写室なのだが)を出た後、私は早速、地下鉄に乗った。目指す店は三軒茶屋にある。地下鉄の車内で私は、その日に上映された映画のチラシを眺めながら、さまざまなシーンを思い出していた。


私がその日に見たのは、沖縄県宜野座村の伝統芸能の継承や現在を追ったドキュメンタリー映画『ウムイ 芸能の村』(ダニエル・ロペス監督)である。宜野座の人々が農業や役場勤めなど普段の生活を営みながら、伝統芸能である沖縄民謡や琉球舞踊、獅子舞などを子どもたちに教え、守り伝える様子を映画にした作品だ(沖縄では7月8日より桜坂劇場で、東京では7月15日よりポレポレ東中野で公開)。

20代と30代を沖縄で過ごした私にとって、沖縄は第二のふるさとである。そのことをSNSやブログに度々載せているおかげか、なんとこの作品の配給会社から「試写会に来ませんか?」というお誘いがあったのだった。

私は普段、ライターとして活動しているが、映画には全く縁がなく、詳しくもない。だから試写会のお誘いなどめったにいただかないのだが、沖縄の映画とあっては見に行かないわけにはいかない。試写会のお誘いメールに「行きます!」という旨の返事を送った。

そして、映画が始まって間もなく登場したのが、あの卵焼きのシーンである。

伝統芸能についての映画なので、この作品には料理や食べるシーンはほとんどない。ほとんどないが、ほんの少し出てくる。それが三線の名手であるおじいと、そのおじいの三線が好きなワイフ(おじいがそう呼んでいた)が食事をするシーンなのである。

おじいが三線の練習をした後、おじいのワイフが食事の用意をする。シャカシャカと溶いた卵(おそらく刻んだネギが入っている)が、フライパンにジュワ~っと流し込まれ、フライパンのカーブに沿って細長く形づくられ、それをフライ返しで3~4つくらいに食べやすく切って、皿に盛り付けられる。

その他にも、食卓にはいろんなおかずが乗っている。おじいのワイフはきっと、料理上手なのだ。

その料理上手のワイフの卵焼きを焼くシーンを、なぜあんなにハッキリと使ったのか。それは監督に聞いてみないとわからない。けれどもとにかく、食いしん坊の私には、あのシーンがおじいに対するワイフの愛情のように見えた。


地下鉄の三軒茶屋駅から茶沢通りに出て、下北沢方面へしばらく歩くと、その店の看板が見えてくる。「沖縄料理」とシンプルに書かれただけの看板を掲げた店に入ると「お、いらっしゃい」と店主とスタッフが迎えてくれた。

「今日さ~、沖縄の映画を見てきたからさ~。ここの料理が食べたくなったわけよ~」

「へ~、沖縄の映画?どこでやってるの?」

「ううん。まだ上映してない。試写会のお誘いもらって、見てきた」

「へ~。なんていう映画?」

「ウムイっていって、宜野座の伝統芸能を受け継ぐ話。ドキュメンタリー映画だよ」

「え?宜野座の映画?それ、もしかして獅子舞出てくる?」

「うん。出てくるよ。なんで?知ってるの?」

「知ってるっていうか……。友だちが出ているはず」

「は?友だちが出ている?映画に?」

私はあわてて手に持っていた映画のチラシを渡した。「映画に友だちが出ている」と言ったのは、宜野座村の隣にある金武町出身のスタッフである。

「ああ、やっぱり。これこれ、この人。ボクの友だちなんですよ~」

彼がそう言ってチラシの裏面に載っている出演者の写真を指さした。その写真の人物は、映画の中で子どもたちに獅子舞やエイサーを教えていた。この映画には複数の宜野座の人たちが登場するが、その中でも中心的な役割の青年である。

「えっ?この人、友だちなの?ホントに?」

「ウソついてどうするんですか~。ホラ、友だちですよ」

そう言うとそのスタッフ君は、自分のスマホの写真を見せてくれた。確かに、映画に出ていた青年と彼は友だちらしい。

「こんな偶然、あるんだね~。私、卵焼き食べに来たんだけど」

「卵焼き?オリオンビールじゃなくて?」

「もちろん、オリオンビールも飲むけどさ~。この映画の中に卵焼きを焼くシーンがあるわけよ。それがとってもおいしそうだわけ。だから、この店の卵焼きが食べたくなったわけさ~」

「あ~、なるほど。したら、卵焼きつくるさ~ね~」

店主はそういうと、卵の殻を割ってボウルに入れ、シャカシャカと卵を溶きはじめた。

スタッフ君は早速、私が手渡した映画のチラシをメニュースタンドに差し込み、友だちが出ている映画の宣伝をしていた。

厨房からは「ジュワ~」と卵を焼く音がする。

もし、あの映画に卵焼きが出てこなかったら、あの映画を見たその足でここには来なかったかもしれない。

「はい、お待たせしました」

これはもしかしたら、卵焼きが結んだ縁なのかもしれない。沖縄の焼き物に盛り付けられた卵焼きをほおばりながら、私はそう思った。

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