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「いらない子供」#5

 自殺未遂をしたことがある。小学三年生のときだ。母に「いらないなら、どうして生んできたの?」と訊ねて、そのすぐ後のことだ。台所にあった包丁を、自分のお腹に突き刺そうとしたのだ。がりがりに痩せた、非力な子供だった。切り傷をひとつ作ったが、血はあまり出なかった。自分の非力を呪った。僕は死ぬことばかりを考えている子供だった。風邪をこじらせて、寝込むたびに、「これで終われるかもしれない」と安堵する小学生だった。
 中学生になるころには、僕は、すでに決めていた。「家庭なんて持たない」「子供は持たない」と。歪んだ親に育てられた人間なのだ。僕なんかが親になったら、子供がかわいそうだ。きっと育てられない。子供に、クズだの生ごみだのと言い出すかもしれない。所詮、僕はそんな血を引いた、いらない子供なのだ。最初から、そんな人生にはしない。好きなように生きていく。あのころ見た、フェンスの向こうに、そのずっと向こうにある海へ行くんだ。
 そこに行けば、きっと、僕は自分をよろこんで生きていけるだろう。早く大人になりたかった。大人になれば、好きなように生きられると思っていた。孤独でいい。孤独がいい。独りでいいのだと思っていた。それなのに。
 その、いらない子供だった僕には、どういうわけだろう、たくさんの友達ができた。彼らは僕に音楽を、ロックを教えてくれて、映画や小説を手渡して、笑った。「おまえならわかるよ」と。バンドやろう。映画撮ろう。飲もう。おまえは俺の友達だぞって笑ってくれた。僕はいつの間にか、独りではなくなっていた。
 彼らが、彼女らが、僕に手渡したものには、決して負けずに生きる人々の姿があった。俺だって負けないようにしなきゃあな。
 いま。僕は、自分の人生をめちゃくちゃにしてきただろう人々、それから、今後、僕の人生になんて何の価値も感じず、奴隷のように扱いたい父を捨てて、遠い太平洋にやってきた。
 逃げればいい、あなたの人生をめちゃくちゃにしようと狙っている人がいる。遠く離れて、好きな海に行けばいい。そう言ってくれる人がいる。
 今度こそ、自分の人生を生きればいい。人生は、まだ半分。今度こそ、君のために生きればいい。そう笑った友がいる。
 いつか好きだった女の子は「スピッツがいるから大丈夫だよ」と笑っていた。
「いまはわからなくてもいい。いつかね。私たちのことが思い出になったら、きっと、スピッツを聴くようになる」
 何年経っただろう。一年前、この土地に移住したときに、偶然、手にしたスピッツ。レンタル落ちのディスク。「見っけ」という作品。見つけたのは、僕だった。ようやく、僕はスピッツを見つけたのだ。
 やっと、運命に立ち向かう時期が来た。今回こそ負けない。自分に立ち塞がるなにかを越えようと決めている。負けられない。今度は僕の人生なんだから。
 人生は復讐だ。いままで奪われたものは、これから取り返せばいい。笑ってればいい。誰よりも、自分を楽しんで、生きて、笑えばいい。いつの日か、僕はそう思うようになった。

photograph and words by billy.

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