みーこ

息子ばかりの3児の母。文章を書く事が苦手ですが、私もnote始めてみました。愛猫くじら…

みーこ

息子ばかりの3児の母。文章を書く事が苦手ですが、私もnote始めてみました。愛猫くじらの思い出話や母の話しを書いていきたいと思います。

マガジン

  • 母の記録〜その後〜

    マガジン『母の記録』後に起こった、母と私達家族のお話。

  • 母の記録

    母に癌が見つかりました。私の母は胃癌です。これまでの母との思い出と、これからの母との出来事をいつまでもずーっと記録していきたいと思います。

  • 私の母は末期がんでした

    母、2024.2.1にこの世を去りました。弱音を吐かない強い母でした。

  • くじらのはなし

    2020年3月27日に旅立った愛猫くじらの思い出話。私は、10代、20代、30代、40代と一緒に過ごしてきました。またいつかどこかで、くじらに出会える日まで、のんびりnoteに書き留めていこうと思います。

最近の記事

  • 固定された記事

猫年齢23歳、人間年齢116歳

初めまして、note初投稿です。 2020年3月27日、天国へと旅立った愛猫のくじら。私は10代、20代、30代、40代とくじらと一緒に過ごしてきました。 23年と7ヶ月という長い間一緒に過ごしてきて、大きな病気もありませんでした。介護らしい介護もさせてもらえないまま、本当に最後まで親孝行な猫娘でした。 くじらがいなくなって、ご近所の地域猫さん・TVCM・動物番組の猫さん特集…大好きな猫さん達なのに、もうくじらはいないんだ…と思うと目を背けていました。 明日、5月

    • 誰も悪くない

      私の母は末期の胃がんでした。 (初めて私のnoteを読んで下さっている方は、マガジン「母の記録」にて、これまでに母と私達家族に起こった出来事を記していますので、よかったらそちらの方も読んでみて下さい。) 2024.1.20 病院の面会時間、平日のみ14:00〜19:00。 1日3名まで、面会時間20分。 4人部屋の入口入って直ぐ、左側に母は寝ています。病室の名札には赤色のマーク、ストレッチャー移動が必要な患者さんという印らしいです。 一週間前に比べて、また母は痩せていま

      • ラブコール

        私の母は末期の胃がんでした。 (初めて私のnoteを読んで下さっている方は、マガジン「母の記録」にて、これまでに母と私達家族に起こった出来事を記していますので、よかったらそちらの方も読んでみて下さい。) 2024.1.15 『さが錦が食べたい』と母から電話。 ゆめタウンでさが錦を買って、父は母に会いに行く。 2024.1.16 『くっぞこ(クツゾコ・クチゾコ)が食べたい』と母から電話。魚屋さんに買いに行くけど手に入らず。 父、午後から母に会いに行く。 明日もう一度買いに行

        • 母の手

          私の母は末期の胃がんでした。 (初めて私のnoteを読んで下さっている方は、マガジン「母の記録」にて、これまでに母と私達家族に起こった出来事を記していますので、よかったらそちらの方も読んでみて下さい。) 2024.1.12 am8:00、いつもだったら父から電話があるのに今日は電話が鳴りません。私は、昨日から明日父は電話をかけてこないだろう…と思っていました。 私『おはよ、ご飯食べたね?お母さんから電話あった?』 私から父に電話をしました。 父『おはよう、ご飯食べたばい

        • 固定された記事

        猫年齢23歳、人間年齢116歳

        マガジン

        • 母の記録〜その後〜
          5本
        • 母の記録
          13本
        • 私の母は末期がんでした
          5本
        • くじらのはなし
          8本

        記事

          父の動揺

          私の母は末期の胃がんでした。 (初めて私のnoteを読んで下さっている方は、マガジン「母の記録」にて、これまでに母と私達家族に起こった出来事を記していますので、よかったらそちらの方も読んでみて下さい。) 2024.1.10 夕方 父『お母さん、もう末期で手の施しようがなかげな。後一年もつかどうか分からんって言わした。』 父から電話がありました。 父『延命治療ばするかどうかば決めないかんらしかたい、娘さんと話して返事くれげな。お父さんもどけんしたらよかか分からんけん先生はど

          父の動揺

          買い物していると私の前を行く女性の腕が当たり、棚のお菓子の袋がバサバサッと私の足元に落ちて来た。女性は気付かず行ってしまったので私が拾い上げていると、別の女性が『私は見てたわよ、あなたが落としたわけじゃないのに偉いわね。』と、言って去って行った。いや手伝ってくれんのかーーいッ‼︎

          買い物していると私の前を行く女性の腕が当たり、棚のお菓子の袋がバサバサッと私の足元に落ちて来た。女性は気付かず行ってしまったので私が拾い上げていると、別の女性が『私は見てたわよ、あなたが落としたわけじゃないのに偉いわね。』と、言って去って行った。いや手伝ってくれんのかーーいッ‼︎

          今年に入って

          私の母は末期の胃がんでした。 (初めて私のnoteを読んで下さっている方は、マガジン「母の記録」にて、これまでに母と私達家族に起こった出来事を記していますので、よかったらそちらの方も読んでみて下さい。) 2024.1.1 お正月、家族みんなで父と母に会いに行きました。 母は年末に会った時より随分顔色も良く、ベッドから起き上がり一緒にたこ焼きを食べました。 お正月らしい食事ではないけれど、母もみんなも大好きなたこ焼き。たこ焼きを食べ終わると、キツイけん横になると言ってベッド

          今年に入って

          末期

          私の母は胃癌です。 (初めて私のnoteを読んで下さっている方は、マガジン「母の記録」にて、これまでに母と私達家族に起こった出来事を記していますので、よかったらそちらの方も読んでみて下さい。) 今年のお正月に自ら入院する事を決めた母でしたが、入院して治療が出来る状態ではない事を知らされました。 『お母さん、後一年もつかどうかって。もう末期で手の施しようがないって先生が言わした。先生が延命治療は本人が苦しむだけやけん、延命治療はせんでなるべく痛みをとってやって眠るような感じ

          失ったもの

          私の母は胃癌です。 (初めて私のnoteを読んで下さっている方は、マガジン「母の記録」にて、これまでに母と私達家族に起こった出来事を記していますので、よかったらそちらの方も読んでみて下さい。) 胃全摘出の手術を無事終え、3日目には病院内をお散歩するほどの頑張りをみせた母は髪の毛も以前の様に生え揃い、退院してからも日課のお散歩をしたり、ご近所の友人とお茶をしながらお喋りを楽しんで過ごしていました。 そんな中、白い影がまた見つかり卵巣へ転移している事が分かりました。そして母は

          失ったもの

          普段新聞を読む事のない私が、たまたま出先で新聞を読む機会があったので読み進めていくと、『N–NOSE(エヌノーズ)でがん早期発見を』と言う記事を見つけた。 今日2月4日は『世界対がんデー』らしい。 母が『胃がん』にならなければ、見過ごしていた記事でした。

          普段新聞を読む事のない私が、たまたま出先で新聞を読む機会があったので読み進めていくと、『N–NOSE(エヌノーズ)でがん早期発見を』と言う記事を見つけた。 今日2月4日は『世界対がんデー』らしい。 母が『胃がん』にならなければ、見過ごしていた記事でした。

          母の新たな決意

          私の母は胃癌です。 (初めて私のnoteを読んで下さっている方は、マガジン「母の記録」にて、これまでに母と私達家族に起こった出来事を記していますので、よかったらそちらの方も読んでみて下さい。) 2024年1月、今現在。 母が癌を発症してから約3年と4ヶ月が過ぎました。 年末の仕事を終え、母に会いに一度実家に帰った時の事です。一日のほとんどを寝て過ごす母が申し訳なさそうに『ごめんばってん、お正月来たっちゃ何も用意出来んよ』と私に言いました。『そんなん気にせんでよか、何か好き

          母の新たな決意

          がんばっている母

          私の母は胃癌です。 (初めて私のnoteを読んで下さっている方は、マガジン「母の記録」にて、これまでに母と私達家族に起こった出来事を記していますので、よかったらそちらの方も読んでみて下さい。) 母が癌になって、3年と4ヶ月が過ぎました。  母が癌になってから、たまに私の夢に母が出てくるようになりました。 夢に出てくる母は元気だった頃の母で、 夢から覚めると『あぁ…、夢か……。』って、毎回ガッカリします。 でも最近夢に出てくる母はあまり現実と変わらない母で、そんな母の姿を

          がんばっている母

          おとうとのいないわたし

          私には弟がいて、お姉ちゃんになった時期がほんの少しだけあった。 でも私は弟の記憶がなく、小さい頃に父が弟の事を話してくれたのだけは覚えている。 『心臓にはお部屋があって、分かれていなきゃいけないお部屋がつながっていて、生まれてすぐに死んじゃったんだよ…』って言う感じの話だったと思う。 今となっては私も40代半ばなんで、薄っすらとしか記憶にない。 共働きだった両親。 父は長距離運転手、母は家から離れた場所にある靴を製造する工場で働いていた。 父が日帰りの仕事の時は、母

          おとうとのいないわたし

          かわらないもの

          バス停から続く一本道。 学生の頃、バスに乗るために毎日自転車で通ってた道。行きはバタバタ、帰りはぐったりとしながら自転車を漕いだものです。 私の住んでた町は田舎で、街灯もあまりないような所。おまけに車もあまり通らないので、夜になると真っ暗…本当に真っ暗。暗闇の中で、外飼いの犬だけが私の存在に気づき吠えてくる。 真っ暗な田舎道。 近くに歩いていけるようなスーパーもないし、大きなデパートももちろんない。 かと言って、綺麗な川が流れてたり・カブトムシのような昆虫がいるわけ

          かわらないもの

          真夏の夜にゾッとしない話し2

          夏が終わる前に、 いつかの夏の夜の話をさせて下さい。 夜中に目が覚めると、リビングの扇風機が静かに首を振りながら回っています。 ダンナが、扇風機のスイッチを切り忘れたのだろう…その日は、扇風機を消してすぐ眠りにつきました。 朝起きてきたダンナに、扇風機がついたままだった事を話しました。消したはずだけどな…ごめん、ごめん。そんな事がちょくちょく続きました。 「また扇風機つけっぱしやったよ、 ちゃんと消さな。」 「えっ、ちゃんと消して寝たし。」 子ども達にも確認しました

          真夏の夜にゾッとしない話し2

          今現在

          私の母は胃癌です。 (マガジン「母の記録」にて、これまでの話が書いてあります) 「、、、予後6ヶ月から12ヶ月です。」 去年、主治医の先生から母の予後を告げられてから(本人は予後について何も知りません)、8ヶ月が過ぎました。 母は、胃の全摘出後も抗がん剤治療を続けています。 体力づくりのために、日課だった散歩も続けています。でも、自転車には乗らなくなりました。 最初の抗がん剤治療では抜けることのなかった髪の毛も、1ヶ月半前に、 「最近、頭のてっぺんの地肌が気になる。