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【読書】『扉のかたちをした闇』江國香織×森雪之丞


物語のような音楽のような、連弾詩集


ふしぎな響きのタイトルだなあ。

この本を図書館で見つけたときの、それがわたしの最初の感想。

手にとってページをひらくと、こんなふうに書かれていた。

 詩は暗闇に生息するのだと思う、とあるとき私が言うと、森雪之丞さんは、でも、もしその暗闇が扉のかたちなら、あけることができる、と言いました。びっくりした。だって、扉のかたちをした闇ーー。そんな大胆な発想のできるひとを、私は他に知りません。それ、あけたらどうなるんでしょう。おそるおそる尋ねると、雪之丞さんは静かに優雅に微笑んで、それは、あけてみればわかるんじゃないでしょうか、と、いつもの丁寧な言葉遣いでこたえるのでした。そこで、私たちは詩の朗読会(タイトルはもちろん「扉のかたちをした闇」)、ということをしてみました。あとは誰かがこの扉をあけてくれるのを、息をひそめて待つばかりです。(江國香織)

『扉のかたちをした闇』まえがきより


扉のかたちをした闇。
森雪之丞さん、なんておもしろい発想をするひとだろう。

扉のかたちをした闇。
あけたらいったいどうなるんだろう。

そんな気持ちで、読み始めた。

旧友(あるいは元恋人)との往復書簡のような、夕暮れの南風のような、涼やかに甘い、それは詩集だった。

質感の異なる二人の言葉が混ざり合い、豊かな香気を醸し出す。
初めてのむ風合いの、上質なお酒のようだった。

借りてきた本は図書館にすぐ返却し、代わりに書店で買い求めた。
2週間の返却期限までに味わい尽くすことは、到底できない本だったから。
手元に置いてゆっくり味わいたい、本だったから。

おわりに、
お二人の詩を一編ずつ、ご紹介。

きちんと辿り着くことより
なぜだか辿り着けない面白さを
本当はみんな知っているはず

徒歩15分の小学校へ
快速で1時間のオフィスへ
夢と涙を乗り継いで6年目の結婚へ
肺呼吸80年の天国へ
どうやって迷うか?道草するか?
その企みが人生なら

さぁ意志を持って開くのだ
迷うための地図を

(「迷うための地図」森雪之丞)

「迷うための地図」森雪之丞


わたしたちはくっついて眠り
くっついて遊び
くっついて食事をした
あなたにくっついたまま
わたしはあなたに絵葉書を書いた

庭にはバラが咲いていた
世界はみずみずしく
わたしたちは無敵で
百万年も生きられると思った

ほんとうに
あれはいつだったのだろう
トーストにのせたバターみたいに
あなたの上で
わたしの体が溶けてなくなり
心だけの身軽さで
どこにでも行かれると思ったのは

(「愛の記憶」江國香織)

「愛の記憶」江國香織



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