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「人は皆良かった。でも超ブラック」という意味不明な転職理由の真意

「人は皆とても良かったのだけど、超ブラックだったから辞めました」。

これは、先日、20代の若者と転職話をした際の言葉。精神的に病気になって辞めた、とのこと。

この時はこの表現に何も思わなかったのですが、今日も職探ししている20代の若者から同じことを言われたのです。「前職は良い人ばかりだったけど、会社がかなりブラックだから辞めた」と。

この方の話をもう少しすると: 朝、お化粧していたら勝手に涙が出て来るようになった。以後毎朝。残業代無しで深夜25時、26時まで働いた。出張も「え、この日程でこのルートは無理でしょ」的なものが多い。上司は「俺も昔は同じことをやらされたんだから」というロジックで指示。毎朝の涙が続き、結局、体が動かなくなり、辞めた。。。

で、2人に共通の「人は皆良い方々だったのだけど、ブラックだから辞めた」ですが、むむむ? 非ロジカル? 不思議な表現? ですよね。どうして「人が良い」のに「ブラック」なの?

で、詳しく聞くと、「人が良い」の「人」とは同じ20代や同期、役職が付いていない「指示される側」の社員のこと。これらの「人」は皆、やられる側。同じ辛さを抱える「良い」仲間。

で、それ以外は「人」ではない。そして、その「人」以外が「クソ」だから辞めたのだ。課長も部長も経営者もクソだけど、「人」とは表現できない。何かに動かされているように思う。そして、それ以外にも何だかよくわからないけどルールやら規則やら目に見えない何かがうごめいていて、それらをまとめて「クソ」。

つまり、若者から見たら(サンプル2名だけだけど)、会社は「人」ではない。上司や経営者も「人」ではない。上司や経営者は何か不思議な「会社」という、自分を無力にさせ、主従関係で指示命令・パワハラしてくる何らかの「存在」の一部。。。

スターウォーズの悪者の総元締めの「シス」的な、目に見えない、恐ろしいパワーを持つ、何か。「ひと」でない何か。なので、「前職の会社はブラックだった。人は皆良い方々ばかりだったけど」という説明に落ち着く。


さて、若者と違って、一定の年齢になってくると、会社ってリーダーが作っているとわかってくる。「会社は人」「会社はリーダーに染まる」のだ。

だから、若者も、会社は自分ではどうしようもできない、不可思議なチカラに動かされている、目に見えない何か、と思わずに、「人」だと思って欲しい。経営者だって1人の人間。家庭では怒られてばっかりかもしれないし、週末のスポーツ競技は下手くそかもしれないし。。。まずは「人」と思う。ならば、変えられない何かではないから、対話する・相談する・反抗することが定義上は可能になりえる、と思うのです。

とは言っても、やっぱり難易度が高い。そもそもリーダーや上司がまともじゃなければ対話が出来ないのだから。リーダーが(上司が)問題の根源であり、下からの指摘を受けて変わって欲しいのだけど、でも、変わらないのですよね。指摘されてもうるさいなぁ、と思うだけ。。。

あーあ、本当残念。情けない。本来のリーダーならば:

1.まずは「会社は自分」「会社は自分に染まる」「会社とはリーダーの知性・人格が”同質”するチームでビジョンを目指す場(集団活動の場)」。「社員(役職者)は自分に似てくる」と認識すべき、かなと。

2.
そして、会社はリーダー自身の知性・人格が反映される、と認識したならば、その自分の知性・人格を高めるべく努力し、社員から尊敬・信頼・親しみ・支持を得ようとする。だから、社員は、強制がないのに支持し、一緒にいたいと思い、付いて行きたいと思い、ココで積極的に学びたいと思い、前向きにココで成長したい、と思うのですものね。

だから、ブラックでもないのに、残業押し付けないのに、無理な出張も押しつけないのに、社員が自発的にがんばってくれる。で、強い(成長、継続、利益率高い)会社になる、のに。。。

ブラックでしか業績を出せないならリーダーを辞めたらいい。向いていない。社員を犠牲にして会社の利益を出し自分の役員給与を得るのはある意味、泥棒だ。詐欺? 情けない。数年やってみて結果を出せないなら、サラリーマンに戻ればいいのです。色んな道がある。失敗することもある。皆が皆、経営者でうまく成功できる訳ではないのだから。

とにかく、若者から「良い会社(=良いリーダー)に転職できた(出会えた)」と報告が来るといいのですが。「うちの会社はどう?」と尋ねた結果は、「事業的に興味ありませーん」とのこと。ありゃ、そうですか。。。


読んで頂きありがとうございます。
(最近出会った素敵な気づきフレーズv7_67)


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