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8.ぐるぐる、中華。

ふと、中華料理屋さんのまわる円卓を思い出す。
京都に、おじいちゃんの行きつけだった中華料理屋さんがある。
「竹香」という、1966年創業の広東料理屋。
祇園四条駅からほど近く、外観からは何とも入るのに勇気がいり、20代の若者が気軽に「やぁこんばんは」と入れるような店ではないのは確かである。

しかし私は知っている。祇園という場所にもかかわらず、リーズナブルで美味しく食べられる優しい料理がそこにあることを。

一歩入ると祖父母の家に来たかのような安心感。
いつも常連さんで賑わっている。
お酒は日本酒やビールなどのシンプルなもの。
はるまきや酢豚、やきめしに鶏やえびの天ぷら。
刺激の少ない京風中華たち。
その中でも私がずっと愛してやまないメニューがある。
「フカヒレスープ」だ。

幼い頃、おじいちゃん、おばあちゃん、叔父さん、お父さん、お母さんなどの大勢で何度か「竹香」を訪れ、
私は初めてのターンテーブルの前に腰を下ろした。

「これ、ぐるぐるやでおじいちゃん!」

料理が来る前からぐるぐる、楽しくなってまわしまくるチビDJ。

「お行儀悪いからやめなさい」

母に叱られる。

どんどん、すごいスピードで料理が運ばれてくる。
美味しい、美味しいともりもり食べ進め、
やきめしを気に入っておかわりしていると
何やら半透明のスープが目の前に現れた。
チビDJの頭は「?」

「おじいちゃん、これ何?」
「フカヒレスープや」

フカヒレ…??
フカヒレが何かも分からないまま、取り分けられたスープを飲んだ。
なんと、なんと美味しいことか。
優しいそのお味に感動。
時間が経って冷めてしまっても、食べるたびに新鮮に「美味しい…」と漏れ出てしまう。
ずいぶん美味しいものを、物心ついていないような時にたくさん食べさせてもらったものだ。

その後学校生活が忙しくなっていき、成長するごとに親戚一同で外食をする機会はなくなった。
高校生の頃にはおじいちゃんが亡くなり、「竹香」に行く機会もなかった。

社会人になった私は、ある日「今日は中華の気分だなぁ」と思い、その日一緒にカフェ巡りをしていた職場の先輩に「私の思い出のお店があって」と誘った。
10年以上、足を踏み入れていなかった場所。
扉を開けると、懐かしい景色。

高速で料理を運んでくるおじさんと、着物をきた女将みたいなおばさんがいたというかすかな記憶。
この人、だったかな?うーん、思い出せんなぁ。

とにかくあのフカヒレスープを!
いざ、食す。

「美味しい…!これなんですよ〜」

先輩にスープの美味しさを布教する。

帰り際、随分渋いお店知ってるね、と言われた。
「大好きなおじいちゃんの行きつけだったので」
私にたくさんの美味しいものを教えてくれたおじいちゃん。
「上等やで」が口癖だったおじいちゃん。
26歳の私は、少しは「上等」が分かるようになったよ。


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