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”SHINSUKE"ではなく「真輔」

約5年振り。

ようやくTVマッチで、全世界のファンが見つめるなかで業界最高峰の王座へ挑むチャンスが巡ってきそうです。

7割ぐらい諦めていました。このままミッドカードが定位置になるのかなと。次のスター候補と闘い、彼らを引き上げる役に落ち着くのかなと。毎週TVに出るだけですごいという理屈で己を納得させながら。

もしかしたら中邑選手も、同じように考えていたのかもしれない。

新人を育てるのは誰かがやらないといけない大切な仕事。ただここ数年の彼はそればかりでした。まだまだトップ戦線でやれるだけの実力とコンディションを維持しているのに。

仕事とは他の人のためにするもの。会社に属しているなら組織の意向ありき。わかっています。でもそれだけではないはず。

彼は自分自身の野望を叶えるために新日本プロレスのトップの座を捨て、海を渡ったのです。WWEでレスラーとして生計を立てることが目的でアメリカへ来たわけじゃない。

↑には入っていませんが、中邑選手はこの前にほぼ日本語で己の心情を語っています。

「うんざりしていたんだよ、いろいろ。多分、自分自身にも」
「だから自己主張したんだ。自分の……本性を」
「もっと上に行ける! なりたい自分になる」

「なりたい自分になる」は、2009年11月の新日本プロレス・両国大会で棚橋弘至選手と闘った後にも発したキラーワード。その時はこう言いました。

「過去と闘って何が悪い? 昔を超えようとして何が悪い? 未来は俺が創る。生きたいように生きる。なりたい自分になる」

これこそSHINSUKE NAKAMURAの内に滾る、真なる中邑真輔。

当時、彼を支持する人は決して多くなかった。それでいい。会社や客の目を気にして主張の先を丸め、無難なところへ折り合いを付けるのが大人の社会人。だからこそそれをしない勇気と意志の強さに憧れたのです。

未来を創ってください。私も負けませんよ。

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