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ヒナドレミのコーヒーブレイク     結婚と味噌汁

 『トントン トントントン』朝、彼女が野菜を切っている音で目が覚めた。何でもないことを幸せに感じる私がいる。「今日の味噌汁の具は大根かな?」などと想像しながら起きる。それが、新しい一日の始まりとなる。

 1年前までは(オレは一生 結婚出来ない!)と思っていた。理想が高すぎたのだ。オレより10センチ以上身長が低くて、可愛くて頭が良く、優しくて穏和。それが私の理想だった。生まれて40年経っても、そんな人には巡り合えなかった。

 そうかといって、理想を下げるのは私のプライドが許さない。そして理想を追い続けた結果、40歳まで独身を貫くことになった。未だに彼女と呼べる女性はいない。(ここまで来たら、もう結婚は諦めよう)と開き直り、私の将来から『結婚』の文字は消去した。何事を考えるのにも、結婚抜きで考えるようになった。

 ところが、去年の2月に訪れた北海道で、生まれて初めて 理想にピッタリの女性と巡り合うことが出来た。出会いは突然だった。単身で 流氷を見に 知床へ訪れた時のこと。私の目の前に赤い手袋が落ちていた。「おやっ」と思った私はその手袋を拾い上げた。その時、近くで一人の女性が探し物をしていたので「あの、これ落としましたか?」と尋ねてみた。すると彼女は「あぁ、よかった。それ探していました」と笑顔で答えた。その笑顔といい、探し物をしている割にはおっとりした仕草といい、私は彼女のことを(可愛い)と思った。それから二人は、ごく自然に並んで歩き、それが当然であるように流氷の見える喫茶店へと入った。

 喫茶店で、私はアメリカン、彼女はホットミルクを頼んだ。「私、コーヒーが飲めないんです」彼女はそう言った。初めは、そんな彼女を(昔流行ったブリッコか?)とも思ったが、どうやらそれが本来の彼女のようだった。

 そして二人はごく自然に連絡先を交換し、ごく自然に付き合い始めた。彼女のことは、出会った頃よりもどんどん愛おしくなっていった。

 遠距離だったが、二人は お互いの家に遊びに行く仲になった。だが、彼女は私に一度も手料理を作ってくれなかった。(もしかして、彼女は料理が苦手なのかも)と思ったが、それならそれで構わなかった。

 1年後、私と彼女は結婚した。式は挙げず、新婚旅行だけにした。旅行は、彼女たっての希望で北海道だった。今は新緑の季節で、それもまた美しかった。と言うより、彼女と観る景色だったら、何処でも美しく見えたのかもしれない。

 そして旅行から帰ってきた翌朝のこと。私は彼女が野菜を切る音で目覚めたのだった。彼女の味噌汁は、お袋の味噌汁にも引けを取らないほど美味しかった。                            完

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