ひかり

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「食堂み」の女たち 最終話

調理場の裏口から「ただいま帰りました」きれいな声が聞こえてきた。「やっと帰ってきたわ。ミナとパソコン代わって。早う来て」響子は調理場に向かって叫んだ。「すぐ行きまあす」クスッと笑う光恵は、横目で祥子にウインクをした。祥子は旧姓の秋本祥子に戻っていた。 マージャンをした年明けの一月四日、祥子は気持ちが固まり、響子と光恵と美奈に連れ添われて自首をし、裁判で執行猶予がついた。 この子たちに任せておいたらもう大丈夫や。ええコンビや、と光恵は微笑んだ。 「光恵さん、電話や電話!俊一か

    • 「食堂み」の女たち27

      あれから十五年。2020年開催のオリンピックが東京に決まったというニュースを響子が耳にしたのは「民宿 宮下」だった。響子は老夫婦に代わって民宿を切り盛りしている。「跡継ぎはあんたに任せたで。残す金はないけどな」「金なんかいらんわ」と響子は笑った。 玄関脇の掃除をしている響子の相棒、美奈は受付にあるパソコンと格闘している。美奈も響子も未だに独身だ。そして奥の調理場には、合間を見て手伝いに来てくれる光恵がいる。 俊一は二十五歳になり、IT系の会社に就職しプログラマーとして海外で活

      • 「食堂み」の女たち26

        全てを響子に話した。響子ならきっと分かってくれる。「ほおか…光恵さんも苦しかったな。黙ってたもんな。けど安心しいや。光恵さんの苦しみをちょっと背負ったるからな」「うん、ありがとう、キョウちゃん。ところで、うちの考えてること分かるって言ってたけどなんや?」「分かるで。ノリちゃんが自分で結論出すまで待ついうことやろ」「そや。やっぱ、おばはんやのぉ」「光恵さんまでおばはん言うな」 窓から外を見ると、いつの間にか雪が止んでいた。明日は晴れる。いや今日や。平成十一年がやって来た。「い

        • 「食堂み」の女たち25

          マスクを外したその女は、とても美しかった。口の横のホクロ二つが色っぽい。「夫が襲いかかってきたところを押してしまったら、机の角で後頭部を打って…それで動かなくなって…」そのとき心は壊れていた。長い間ずっと暴力を受けてきたのだった。どうしていいか自分で判断できず、とにかく夫から離れなければという思いだけが頭の中にあり、部屋を飛び出したのだと言う。いろいろなどころを彷徨い歩き、どこでどう生きていたかの記憶も定かでない。幼い頃、親に捨てられ孤児になったこと、施設で育って学校でいじめ

        「食堂み」の女たち 最終話

          「食堂み」の女たち24

          光恵は夫からの暴力に耐えられず、小さな俊一を抱きかかえて逃げた。しかし逃げても逃げても見つけられ、引き戻され「もう二度と叩いたり蹴ったりはせえへん」と謝るのだが、変わらないばかりか次第に暴力は過激になっていった。ついに二歳の俊一にも手を出すようになり、わが子を守るために、光恵は夫をバットで殴った。刑を終えた後、店を再開させ、これまで必死で生きてきた。 (この女を助けなければ)「うちでよかったら話聞くで。うちも多分あんたと同じような辛い経験がある…」則子という女の肩を抱き寄せ、

          「食堂み」の女たち24

          「食堂み」の女たち23

          浅井則子、本名、二宮祥子が帽子とマスクを付けてやって来たのは、まだ誰も二階の部屋を使っていなかった去年の十二月…今日みたいに雪の降る寒い夜だった。 「すみません、部屋空いてますか?」浅井則子と名乗る女が立っていた。こいつなんかワケありやな…光恵は即座に見抜いた。「あんた何かから逃げてきてるやろ。借金取りか、ヤクザか、それとも警察か」問うなり、急いで出て行こうとする女の腕を強く掴んで引き寄せた。振り返った女と目が合う。今にも死んでしまいそうな目。(こいつ、うちと同じ目をしとる)

          「食堂み」の女たち23

          「食堂み」の女たち22

          この日は響子の一人負けで、もうやめた!と千八百円を財布から支払った。安い賭けだ。眠そうに目を擦っている俊一を見た美奈が「今日はうちの部屋で寝かせるわ」響子に目配せをして二階へ連れて行った。光恵は響子に濃いめのお茶を入れ、自分も一口、ゴクンと飲んだ。 「あんた気づいてんのやろ?」カウンターにいる響子の横に座り、両手で湯飲みをギュッと握りしめた。「なんのこと?」 二人の間に時間が流れる。 ゴーン 除夜の鐘が鳴り始めた。平成十年が終わろうとしている。 「もうすぐ年が明けるな」響子が

          「食堂み」の女たち22

          「食堂み」の女たち21

          「あっ!」俊一がテレビの画面を指さした。 みんなが一斉に見入る。二宮祥子という女性の顔写真が画面に大きく映っている。 「あの顔…」言ったのは美奈だった。 映っているのは浅井則子とそっくりの目。シュッとしたきれいな鼻、髪は茶色かかったロングのストレート。年齢三十四歳、身長一六四センチ、体重四十七キロ、それが二宮祥子。 「この女性は、昨年の平成九年八月一日に起こった殺人事件の容疑者です。被害者は二宮祥子の夫、二宮雅之さん。夫婦二人暮らしで妻の二宮祥子は夫、雅之さんを撲殺した後、逃

          「食堂み」の女たち21

          「食堂み」の女たち20

          十二月三十一日、めずらしく雪が降り、大晦日の街を白く染めた。 「食堂み」で年越しそばを食べた後、光恵、響子、美奈、俊一はマージャンに興じていた。今のままところ俊一の一人勝ち。テレビには年末恒例の「実録 警察24時間」が映っていた。 「それ、当たり!ロンや!今度はハネたで」また俊一が上がった。振り込んだのは響子だった。「あんた、うちになんか恨みあんのか。いっつもうちから当たるやんか」「ほんなん知らん。マージャンは頭や、頭のいいもんが勝つねん」くっそーと点棒を投げてやった。 「そ

          「食堂み」の女たち20

          「食堂み」の女たち19

          光恵は響子の両親に、今娘は何をしているかと聞かれたので「民宿 宮下」の名前を出した。「民宿 宮下」は老夫婦が細々と商っている家族経営の宿で、ごくわずかな客しかとっていない。響子はここに来る前、宮下に泊まっていたらしく、老夫婦が腰を気遣いながら動いているのを見るに見かねて、宿泊客なのに掃除をしたり料理を運んだりしたそうだ。そのうち老夫婦がからここで働いてほしいと懇願されたのだった。 給料は十万ちょっとというので、「食堂み」での家賃は五千円下げてあげた。夕食は食堂のその日の残りを

          「食堂み」の女たち19

          「食堂み」の女たち18

          光恵は響子の実家を聞いて、度肝を抜かれた。父親はいくつものホテルを経営する「ホテル 富岡」の社長。「ホテル 富岡」は誰もが知っているホテルで、何度かテレビで見たことがある。県内だけでも三つあり、近々県外にも建設予定といった、これから更に伸びていくホテルだ。 見た目は高級ホテルの様相だが、最近安価な値段で宿泊できるプランができたらしい。聞けばそれは響子からの提案だという。「あんなバカ高いホテル誰が泊まんねん」と言っただけだそうだが。 続きは明日

          「食堂み」の女たち18

          「食堂み」の女たち17

          「まあ立っているのもなんなんで、座ってください」光恵は奥のテーブルを勧め、二人は遠慮がちに座った。 「すみません。ご迷惑をおかけしたと思います」「いえ、迷惑だなんて。キョウちゃん…響子さんがいて助かっているんです。私のやんちゃな息子の面倒も見てくれるし、ここに住んでいる住人も響子さんを頼っているんです」「助かってる、頼ってるって…あの子、人様に役に立つことしてるんでしょうか」 これまでは人に迷惑ばかりかけて、謝ってきたのだと言う。 「はい、とっても助かっています…」光恵は、四

          「食堂み」の女たち17

          「食堂み」の女たち16

          「ご挨拶が遅れてすみません。キョウコの…富岡響子の親でございます」女性の方が一歩前に出て一礼した。 「ご両親…」光恵が響子をみた。 響子はすっくと立ち、なんか用かという顔をして二人を睨んだ。 「そろそろ帰ってきなさい」父親が言うと「うちは一人で暮らすって言うたやん。いっつもしつこいな。帰って!」「何言うてんの。いつもひとりひとりって。これまでみなさんにどんだけ迷惑かけてきたと思てんのよ。いつ警察のお世話になるかと思うと気が気でない親の気持ちにもなってよ」 母親が涙を溜めて言

          「食堂み」の女たち16

          「食堂み」の女たち15

          「やっと見つけた」熟年の男女二人がやって来たのは秋も終わり、冬枯れの木が目立つようになった、少し肌寒い日だった。 そのとき「食堂み」には光恵と響子が居た。響子は仕事が休みで、二人で朝から日本酒を飲んでいた。 「どちら様でしょうか?」光恵が二人を見て丁寧に相対した。男性はスラッと背が高く、スーツ姿で黒の高そうなコートをはおり、トナックのハットをかぶっていて、一歩下がった女性の方は、アクレザーのブーツにカシミヤのロングチュニック、赤のコートできめていた。 続きは明日

          「食堂み」の女たち15

          「食堂み」の女たち14

          四人が響子の部屋に集合した。「はい、これ」と、響子は札と小銭を全て机の上に置き、美奈の前に押した。「ようけあったわ。盗み取られた金には及ばんかったけど」 数えると七万と五百六十三円だった。 「ええよ、これでじゅうぶん。一円玉も持ってきてくれたんやね」「あったりまえや!すっからかんにせな気がすまんわ」 盗られた六十の禿げ頭の顔を見たいもんだと、四人で大笑いした。 マスク越しであるが、浅井則子の笑った顔を響子は初めて見た。 続きは明日

          「食堂み」の女たち14

          「食堂み」の女たち13

          禿げ頭は部屋に入ってすぐ、一緒にシャワーしたいと言ったが「うち恥ずかしいねん、先に入ってて、すぐ行くねっ」背中を押して後から軽く抱きしめてやった。シャワーの音が聞こえてきだした。 (しもた!コース聞くん忘れた!まあ…ええか)急いでスーツの内ポケットをまさぐる。財布があった。狙いどおり、金がいっぱい入っている。他でも盗んでいるはずやから、ようけ財布に入っとる、というのが俊一の考えだった。 札も小銭も全て抜いた。「大事なこれ、入れとこ」呟き、ホテル仕様の紙に、お疲れさん、ごゆっく

          「食堂み」の女たち13