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奇跡はいつも人が運んでくれる

もうかなり前のことながら、『某自治体・区役所の窓口担当者に“不快手当”がつけられている』というニュースがありました。

月に数千円ほどの金額ながら、「市民と接することがそれほど不快なのか」と、抗議の声が起こったのは当然でしょう。


けれど、確かにこれは不快手当をもらいたいかも、と思うような“困ったお客さま”はいるもので、つい先日も銀行のカウンターで、初老の男性が大声を上げている場面に遭遇しました。

その人は、定期預金の金額が通帳に記載されていないこと、それが口座ごと消滅したのか、ただの記入漏れかを確かめてもらいたいようなのですが、とにかく性急で、言葉と態度が荒いのです。
対応する若い男性行員も、ほとほと弱りきった様子でした。

きっとその男性は、これまでも同じようにして他人と接し、それが効果を発揮した経験を重ねてきたのでしょう。
けれどもそれは、長期的に見ればおそらく当人にも様々な不利益をもたらすはずです。

実際に、自分勝手に要求を通そうとするよりも、相手の立場を思いやり、共感の姿勢を示す方が、よほど物事は上手くいきます。


その代表のような方だと思うのがピアニストの西川悟平さんで、この方は演奏の素晴らしさもさることながら、数々の奇跡的な逸話の持ち主としても有名です。

ジストニア発症から感動的なカムバックまで、詳しくご紹介していきたいほどなのですが、ここではこんなお話を。

アメリカ滞在中の西川さんが、東京でのコンサートのため、ニューヨーク発ダラス経由の飛行機で帰国しようとした時のこと。

乗るはずの飛行機が定刻になっても飛ばないばかりか、故障が見つかり、フライト自体がキャンセルされます。
空港の地上カウンターには長蛇の列が出来、苛立つ人々は係員に詰め寄って怒りをぶつけていました。

西川さんも、このままではコンサートにはとても間に合わない、と動揺しながら、不安を抑え、冷静にその場の状況について考えます。
もしあのまま飛行機が飛び、空中で故障していたら、自分は死んでいたかもしれない。それならば係員は命の恩人だ。
そんな風に思い、自分の番が来た時に、その通りのことを伝えたそうです。

最初は戸惑っていた係員も、ありがとう、自分たちも機械の故障はどうしようもないのだ、と話してくれ、しばらくして再搭乗となった際は、西川さんを一番に搭乗させてくれました。

「ありがとう!でも乗り継ぎはもう間に合わないよね?」
たずねると、乗り継ぎ便の出発時間はこの便の到着時間と同じだけれど、とにかくトライしてみて、と、ダラス空港に到着するなり、乗務員はまた西川さんを真っ先に降ろしてくれました。

けれども空港はあまりに広く、乗り継ぎのカウンターは遥か先です。
西川さんが偶然見かけた警備員に
「これに乗らないと東京でのコンサートが中止になる。助けて!」
と呼びかけると、その人がトランシーバーで連絡をつけてくれ、飛行機が数分間だけ止まることに。

「走れ!」
の声援でどうにか飛行機に飛び乗ると、乗務員さんが
「あなたの席にはもう別の方が座っています。ただ、ファーストクラスに空きがあります」
そう言って、西川さんを席に案内、シャンパングラスを差し出してくれたそうです。

西川さんはこの顛末を
奇跡はいつも人が運んでくれる。だから、どんな状況でも前向きに、人への感謝を忘れないようにしたい
と結んでいます。


こんなにすごいお話と比べるのも気が引けますが、飛行機つながりで、私も小さなエピソードをひとつ。

ヨーロッパ行きの国際線に搭乗中のある時、食事のメニューを巡り、ちょっとしたトラブルが持ち上がりました。

その日、何かの手違いがあったのか、メイン料理のオーダーを取る最後の段になって、ビーフが足りなくなったのです。

そのため、なぜビーフが選べないのだ、自分はそれ以外のものは食べたくない、と一人の男性が乗務員さんに向かって怒声を上げ始めました。
乗務員さんの平謝りも構わず、機内にその人の声が響き渡り、あたりは最悪の雰囲気です。

私は通路側のシートに座っており、ほとんど真横に、なすすべもなく顛末を見守る乗務員さんが立ち尽くしています。
こういう時の英語はなんて言うんだっけ、と考えながら、私はその人に小声でこう伝えました。
「あの、私もビーフをオーダーしたけれど、やっぱり他のものが食べたくて。今からチキンに変えてもらうことは出来ますか?」

乗務員さんはにわかに安堵の顔つきになり、もちろんです、と私にうなずいてから、男性客に、望み通りの食事が用意できると告げに行きました。

それからしばらくすると次々に料理が運ばれて来たものの、ほぼ全員に行きわたっても、私の分だけが出てきません。
急に変更したせいかな、と心配しながら待っていると、綺麗な綾織りのクロスを添え、豪勢な料理を並べたトレーが目の前のテーブルに置かれました。
どう見てもエコノミークラスの機内食ではありませんし、隣の乗客も驚いた顔でそれを見つめています。

乗務員さんは身を屈め
「こちらはファーストクラスのお食事です。どうぞ他のお客さまにはご内密に。後ほどデザートとお飲み物もお持ちしますね」
そうささやいて、にっこり微笑んでくれました。


まさかどのような下心があったわけでもなく、ただあの険悪な雰囲気の耐えがたさと、怒鳴られる乗務員さんが気の毒でしたことが、こんな展開に結びつくとは。
気遣いがかえって申し訳ないようにも思えましたが、粋なはからいに感謝しつつ、美味しくお料理をいただきました。

西川さんがおっしゃるように、周囲への思いやりを持つ、感謝を伝える、誰かを少しでも幸せにしようとすることで、最後には自分にも思わぬ幸福や奇跡的な何かが巡ってくるのかもしれません。

もしそうならば、この世界での生き方もおのずと変わっていくのではないか、私はそんな風に思っています。

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