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【IT】世の中はなぜ窮屈なのか

社会が急速に進化していき、電話や手紙が情報伝達手段だったことに比べて、自由に発言できるようになりました。
しかし、なんとなく窮屈だなぁって感じることが多くないですか?なんというか、いつも誰かに見られているような…
今回はそれについて書いていきます。

インターネット監視社会「シノプティコン」


世の中はなぜ窮屈に感じるのか、思うに、インターネットという発信の場がより自由になっていくにつれて、より精神的に窮屈になっていくというジレンマが関係していると思います。
どういうことかというと、例えば、ツイッターはリツイートという拡散機能があります。これを使用すれば、自分がつぶやいた内容に何千何万という人が共感してくれるかもしれません。
しかしながら、少しでも反感を買うような内容であれば、何万何十万の人が一斉に攻撃してきます。
だから、多くの人は少しでも炎上しないように、批判的な内容にならないように、慎重に発信しないといけません。
自由に発言できるといっても、本当に言いたい意見を言えるわけではないのです。なぜならば、インターネット社会では目に見えない無数の人が自分を監視しているからです。これが世の中を窮屈にしている一因でしょう。

トマス・マシーセンという社会学者が、オンラインの世界で「多数者が少数者を監視する」社会として「シノプティコン」を提唱しました。
皆さんは学校の教科書で「パノプティコン」という単語を習ったと思います。中央の監視者が誰を見ているかわからないという特性を用いて、全て囚人に見られていることを意識させ服従させる18世紀の刑務所です。現代はこの監視者が無数にいるんですね。

パノプティコンの図 画像wikipediiaハイパーリンク

1人の監視者が大人数を監視していたの従来の社会から、テクノロジーの普及によって、今度は大人数の人が少人数の人を監視するような社会が出来上がっていきました。
それ故、だれに見られているかわからない精神的不安から世の中が窮屈であると感じるのでしょう。

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