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『この世界の片隅で』一時保護所(その4)命に嫌われている~N君が教えてくれた歌 ③

(写真はみんなのフォトギャラリーから頂ました!)
N君は、何度か、児童相談所の担当の人と相談し、年明けには自立支援ホームへ入居することがやっと決まった。
本人も、やっと一時保護所から出られる、と安堵している気持ちと、この先、自立支援ホームで周囲からの支援は得られても、そこからどう生きていくか、考えあぐね、不安に思っているようだった。

一時保護所の中の授業では、午後、心理担当や学習担当の職員が、子ども達をグループに分けて、社会のいろいろや、友達や家族の関係などを話し合い、意見を出し合うというコマが何回かあった。そこで、ある日の午後、結婚や家族をもつことについて話しあったことがあるのだが、N君はそこで意外な言葉を言った。確か、家族を持つことというより、恋愛対象はどんな人になるかなどという軽い話から始めたと記憶しているのだけれど、N君はこう言ったのである。
「家族とか、守って支えてあげられる自信がないから、家族とかは持たないんじゃないすかね」
いつもなら、照れ隠しで、ふざけたような態度で話しをするN君が、その時は、真剣な表情で、照れ笑いもしないで、しっかり前を向いて言った。

N君はとてもやせ型で、足などは細く、体も華奢であったのだけれど、その発言で、私がそれまで持っていたN君という人の印象がかなりかわってしまったのである。
N君、そうか、ちゃんと家族を守るとかいう考えは持っていたのだね、家族との辛い思い出のこれまでもあって、死にたいとさえ思ったのに、それでも家族を大切にする気持ちを持ち続けてくれていたんだね。なんて骨太な子なんだ、そう思ったのだった。

タイトルにある、「N君が教えてくれた歌」であるが、一時保護所では、電子ピアノがおいてあって、休み時間は弾いていいよ、という決まりになっていた。一時保護所に来る子どもには、天才的になんでも弾ける子どもがいたり、何も習ったことがないのに、少し手ほどきするだけでかなり弾けるようになる子どももいて、私は時々、ピアノを教えていたのけれど、子ども達の能力にはっとされ続けていた。N君は、特段ピアノには興味はなかったようなのだけれど、一緒に保護所にいた別のS君が、毎日練習して上手くなるのをみて、悔しくなったらしく、ある日、私に、「こんな曲の練習したい」と言って、私が聞いたこともないような曲のタイトルを言い出したのである。どれも、ボーカロイドで有名になった曲だったらしく、N君のおかげで私も、ずいぶんと新しいジャンルの曲を教えてもらった。中でも、「命に嫌われている」という、センセーショナルなタイトルの歌を、私はとても気に入って、教えてもらって以来、何度も聴き返している。
(下の、作者本人が歌っているバージョンが好きです!)

一時保護所の仕事をはなれてしばらく経つけれど、今でもこの曲を聴くと、N君を思い出す。
ひとり、死にたいとさえ思って過ごした夜、もしかしたら、この曲と自分とを重ねていたのかもしれないと。

N君は、高校も、退学か継続か、決めかねており、結局のところどうしたいのか、わからないまま、その年は暮れようとしていた。

(次回につづく)

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