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【古民家暮らし】月夜とホタル

それはまるで、慌ただしい日々の中での一瞬の小さなプレゼントのようだった。

月がキレイな夜。

ここ最近ずっと天気がグズついて、空は昼夜を問わずどんよりだった。そんな中で、気まぐれのようにポッカリと晴れた夜。

「今日はおつきさまキレイだねぇ」なんて言いながら、いつものように夫が息子を背負い、わたしが娘を抱いて、近所の温泉へ向かった。あたりの山から吹いてくる柔らかい風がきもちいい。

外湯に浸かりながら月をながめる。
「久しぶりに晴れましたねぇ」と、地元の常連らしきおばちゃんと1言2言交わしながら、じんわりと体を温める。

今日も一日色々あった。
朝からお菓子食べたいと息子に大泣きされたり、約束していた用事に遅刻してしまったり、畑の草刈りに奔走したり。

それでも今日も無事に終わった。さぁ後は家に帰って寝るだけだ。

ホカホカになった体で車に乗り込み、家に向かう。息子も娘ももう眠そうだ。

車を駐めて、子どもたちを抱えて家に入ろうとしたその時。

ん・・・?

遠くの方で何かが光ってる。

《ホタルだ・・・!!》

ヒソヒソと、でも興奮気味に、夫が言う。

ゆらりゆらりと、小さな2粒の光が飛んでいた。

光っては消えて、また光っては消えて・・・

この地域から少し離れたところにホタルの名所があるらしいということは、地元の人から聞いていた。しかし、ホタルが見られる時期は遠に過ぎているはずだった。



私達はつい先月この古民家に引っ越してきたばかりだ。
敷地の中には山からの水が流れる小さな水路があり、道路に出るとちょっと先に沢がある。

「もしかしたらあの沢にもホタルいるかもね。でももう今年は見れないだろうね。」とついこの前夫と話していたばかりだった。

沢にはいるかもしれない。しかしまさか、自分の家の敷地にホタルが飛んでいるとは思っていなかった。

なんて贅沢なんだろう。

古民家暮らしと聞くとなんだか聞えはいいかもしれない。しかし実際は、地味な作業と試行錯誤の連続だ。想定外のトラブルは次々に起こるし、冬までにやらなければいけない事が山ほどある。

周囲はいい人ばかりだけれど、それでもたまに変人のような目で見られることもあるし、時にはネガティブな言葉をぶつけられることもある。

ここを選んだことが本当に正解だったのか・・・

夫の方はいざ知らず、私はときどきそう思う時がある。ここに引っ越してきて、まだ2ヶ月である。

2匹のホタルは、ふんわりと水路の上を飛んでいる。

ゆったり ゆったり・・・

ときどき入れ違いながら、離れては近づき、また離れては近づく。

たった2匹の、季節外れのホタル。

子どもたちにとって初めてのホタル。

夫の背中に乗っている息子は少し興奮気味に、私の腕に抱かれる娘は夢うつつに、この光景を見ていた。

私たちの後ろを、月がそっと照らしていた。

【古民家暮らし】マガジン

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