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浅田次郎にハマれば歴史が知りたくなる~「幕末史2」

浅田次郎氏の小説パターンには、ただ単に時系列で物語が進むのではなく、さまざまな人の証言から全体の流れを構成し、ストーリーの核心に触れていゆくものがあります。

序盤は何の話なのかわからないものも、ひとたび共通点が見えると、もうページをめくる手は止まりません。

様々な角度から見た状況が自分の頭の中で組み立てられ、次第に輪郭がはっきりしてくるという感じです。

このあたりは非常に上手い!

一人一人の語り口調も個性ある「生の声」であるため、リアルに再現されてゆき、ますます先が知りたくなります。

そんな浅田氏お得意の構成を効果的に使った2作品をピックアップしてみました。



壬生義士伝

映画を観ても原作は読むべき

まずは中井貴一さんの映画を観て、次に渡辺謙さんのドラマを観て、それだけで十分お腹いっぱい感動していました。

ところが、レキジョークル仲間のチコさんが、
「原作はもっとスゴイから読まなあかんで!」
と言い、持っていた上下本を貸してくれたのです。

本来の私はネタバレを嫌い、先に映像を観てしまうと原作を読む気が起こりません。

逆に原作を先に読むと映像は観たくなるのですが、正直、ガッカリすることが多いです。

ですからこの時、半ば強引に手渡された原作もなかなか読む気になれなかったのですが、読み始めてみてチコさんの言う「スゴイ」がわかりました。

なるほど、こういう形式ですか!


浅田氏特有の巧みな構成

いろんな人の「語り」によって物語は進んでいくので、さまざまな角度から俯瞰できるようになっています。

ですから、映画やドラマよりサイドストーリーがふんだんに盛り込まれていて、さらに肉厚な展開となっているのです。

気が付くと涙が止まらず、こんなにも感動するのも久しぶりだと思った記憶があります。

故郷や家族を深く思いながら、「義」を通した生き方に、拍手喝采というより現代人の感覚では、やはり悲しくて「涙」なしでは読めません。

~南部盛岡は日本一の美しい国でござんす~

誇らしげに語る望郷の思いは、こちらにも強く伝わり、思わず東北へ行きたくなりました。

さて、主役の吉村貫一郎は実在したらしいのですが、かなり不明な点も多く、浅田氏が子母澤寛しぼさわかんによる「新選組物語」を土台に脚色されたようです。

脚色といっても、その想像力の豊かさに脱帽するばかりで、浅田氏の妄想力に驚嘆せずにはいられない作品です。


石高制は不公平

そもそも「米」の収穫高で土地の価値を決めるのは限界があったのではないか?

この当時の米は品種改良もされておらず、全てが自然任せだったので、災害に弱く、寒冷地では育たない。

ならばその土地土地に合った作物を育てた方が効率が良く、経済も潤ったはずです。

江戸幕府はそもそも米の石高制を全面的に推奨したことが最初から間違っていたのではないでしょうか?
このあたりは幕府が瓦解した原因の一つでもあると思います。

米の育たない劣悪な土地には常に貧困が付きまとっていました。


希望の未来が見えた

何といっても、私が一番良いと思った点は、悲しいだけでは終わらず、明治となった時代背景とともに、南部盛岡にも吉村家にも希望の光が見えたところで終わっているところです。

寒冷地で稲作に向かない土地で、ずっと貧困に喘いでいた地域に、世代を超えて射した一筋の「光」を見ることができるのです。

ああ。これで吉村貫一郎も報われる。
と、なんだかスッキリした感覚で読了できるのです。


幕末~明治は、ちょっとした生まれ年の差で人生の明暗は分かれ、生き残らないと何も始まらない時期でした。

これから新時代を生き抜くという「力」を感じさせ、最後には爽快さが残り、その余韻に浸る事ができる秀作です。


映画やドラマは何度もテレビで再放送されているので、ご覧になられた方も多いでしょう。

しかしぜひこの原作も手に取って読んでみていただきたい。
原作にしかない「感動」を必ず得られるはずです。





赤猫異聞あかねこいぶん

ブックオフだったか古本市場だったか曖昧ですが、たまたま「100円ワゴンセール」で見つけた本です。

とっくに浅田氏のファンではありましたが、この作品は知らなかったので、即買い求めました。

当時は聞いたことのないタイトルだったので、さほど期待はせず、1ヵ月ほど放置した上、なんとなく読み始めたのです。

おみそれしました!

期待しなかった分、感動も倍増した本でした。
創作とはいえ、これらの設定からして素晴らしすぎる。


「赤猫」とは?

赤猫とは、放火のこと。江戸時代あたりから使われている言葉。

ピクシブ百科事典

犯罪者用語の一つで、放火そのものだけではなくその犯人も指し、ここでは大火が起こった場合の「伝馬町牢屋敷」の囚人たちの「解き放ち」を指すようです。


「重罪人」と「牢屋同心」

明治元年に、発生した大火事が「伝馬町牢屋敷」にも迫ろうとする中、牢獄中の重罪人たちを解き放つことになります。

しかしそれは、鎮火した後には必ず戻るという事が大前提です。

あくまでも災難を逃れるための一時的なもので、解き放つ側にとっては一か八かの賭けでした。

囚人たちにとっては自由を手に入れる大きなチャンス。
しかし、その見張り番をしている「牢屋同心」にとっては、よほどの決断を強いられる究極の選択なのです。

囚人たちにとっても牢屋同心にとっても、その思惑を図るには、よほどの信頼関係がなければ成り立たないのが「解き放ち」なのです。


立場は違えど理不尽さに物申す!

囚人たちは重罪人ではありますが、それぞれの「義」を貫きとおした人生を歩いています。

一方、牢屋同心も「牢屋奉行」に属するのですが、一応の武士ではありながら、大きく線引きされて差別を受けてきました。

毎日、牢屋同心と囚人たちは顔を合わし、お互いを知るにつれて、「差別」を受ける者同士、深い信頼と連帯感が育つ過程の描写が素晴らしいです。

しかも、最後は本当にカッコいい!

立場は違えど、世の中の「理不尽」と「不条理」に立ち向かう行動には胸のすく思いがします。

なんだか「必殺仕事人シリーズ」を彷彿とさせると思ったら、それもそのはず、主人公の中村主水もんども「牢屋同心」ではなかったでしょうか?

私は初代の藤田まことさん主演のシリーズしか真剣に見ていませんが、読んでいて重なるものがありました。

この物語の骨子は、
人の罪とはなにか?
また本当の「義」とは何か?
人生の大切な事を教えてくれているところです。


明治へと移り変わるカオスな時代に、罪人と役人の真逆の立場の双方の目を通して、世の中の「矛盾」に一石を投じる爽快な物語です。




【関連著書】




※トップ画像は南部盛岡の「岩手山」
(Photo bykonami_kise)




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