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創造とAIについて思うことを書きたいと思います。

こうして、「創造」「AI」で分けているところに
人間を感じるんだけれども笑


AIが進むにつれて、あらゆるものが生み出されるんだろうな。
絵や音楽だけでなく、街、今までにない暮らし。人との関係。
あらゆることが。


で、
「誰が創った?」とか、
「権利はどこにあるか?」とか、
「人間とAIの違いは?」とか。

あらゆる議論が活発になるのかもしれない。

けれども、

対象がAIのようなデジタルであっても、
壁に掛けられた針のある時計のようなアナログであっても、

「すべて、その物質は、誰が創ったのか?」に行きつくなと思うんです。
そして、
「誰が知覚しているのか?問題としているのか?」も議論の対象になるかもで。


例えば、(先日upした動画ご参考)


私が、水彩鉛筆を使って絵を描いた。

その絵をAIを使い、顔を動かす。
それをYouTubeにupして、不特定多数の人が見る。

もはや、オリジナルの寄せ集めだと思うわけです。
色んな人が創った。
色んな人が見ている(使っている)。

私は、鉛筆がなければ、それに、水を入れる容器、鉛筆を削るもの、紙、などなどがなければ、絵を描けない。

加えて、書いた紙をスキャンする道具、PC、AI化するサイト、ネット回線、などなどがなければ、絵を描けない。

創ったものを、創られたものを、自分を含め、見られて、使われて、
「動く絵」という一つの創作が出来上がる。

そして大事なのは、全ての元の物質は、誰が創ったのか?
水や体、筆、PCの基盤、すべて。



つまり・・・

共同創造の世の中なんだ。

登録商標や著作権とかあるけれど、
どれも、経済システムの一端にすぎなくて、
地球を楽しむシステムの一つにすぎなくて、
「わたし」だけの創作物ではないわけだ。

だけど一方で、「わたし」が上記のように
こうなんだろうなーそうなんだろうなーと思うことで
世界が出来上がるわけで、本当は誰一人いない気もするのだ。
すると、
「わたし」だけの創作物ともいえる。


議論って、どの角度から視点からみるかでえらく変わるから、
あくまで、わたしの考え。


ただ、ただし。

地球上での
一番の創作物は、
この「肉体」「意識システム」だと思う。

ひな形。
グリッド。
形・世界をつくるもの。

創造主は、ドットか、ドットを垂らしたような存在かな?
とも思う。そして私は、またドットから成る、小さな創造主。

すべて、同じひな形で出来ていると思うから。

何かあらゆるものが創造されていっても、
「ひな形」の派生にしかすぎない、


そんな気がするのです。





(とりとめなく書きました。読んで下さり、ありがとう!)

うたうスピリット画家
Chiyoko ちよこ





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