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映画『ファウンダー』(2016年)で知るアメリカ人成功者のナラトロジー的な秘密

ここのところの外出自粛で、夜は家でamazonプライムだったりNetflixだったりで映画を見ている人も多いかと思います。

たくさん見過ぎて、これまであまり見ていないような映画で何か面白いものはないかなと毛色の違った作品を探している人も多いかもしれません。本作『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』(2016年・アメリカ・115分)は、まさにうってつけの一本だと思います。

タイトルは「ハンバーガーうんぬん」なんて地味ですが、「バットマン」だって言ってみれば「こうもり男」ってタイトルの映画です。この映画もタイトルから想像するより中身が遙かに面白い。主演はマイケル・キートン。そう、ティムバートン監督の「バットマン」シリーズでも主役を務めた名優です。タイトルを遙かに上回る傑作映画の主演にぴったりです。それに、何と言っても本作は、amazonプライムにもNetflixにも入っています


■Facebookの秘密も分かってしまうお得な一本

本作は、52歳までミルクシェイクミキサーのしがないセールスマンだったレイ・クロック氏が、マクドナルドの社長としてアメリカ中を席巻するまでのストーリーを描いた伝記映画なんですが、単なるサクセスストーリー以上の、何と呼んだらわからないほどのストーリーが展開されます

そして、それが「ハンバーガー帝国のヒミツ」どころか、アメリカ帝国のヒミツにもなっていて、Facebookの創設者のザッカーバーグにもつながってしまうという、そういうことを今日は書きたいと思います。この映画にはFacebookもザッカーバーグも出てきませんが、それでも恐ろしいほどのつながりがこの両者にはあります。映画を観てから私の記事を読んでもらえたら、きっと納得してもらえると思っています(自信アリ)。

これ以上はネタバレになるので、未見の方で興味を持った方は、ぜひ本編をご覧になって、この記事に戻ってきてもらえたら嬉しいです。以下に、映画の公式サイトを貼っておきます。が、予告編映像はネタバレが酷くて本編のサプライズを何割か台無しにしてしまいますのでお薦めしません。うっかりクリックなさいませんように。


---ここから先はネタバレありです。ご注意下さい---


■嫌な奴なはずなのに大人気の不思議

こんなヤツ大嫌いだ!金輪際マクドナルドなんて行かないぞ!

見た直後は、そう思いました。

この映画を観て、主人公のレイ・クロックを無条件に好きになっちゃった人はあんまりいないと思うんですよね。でも、映画のラストシーンでは、そんな彼の講演会に人が殺到して、その人気ぶりが示されます。なんでこんな奴の講演にこんなに人が集まるんだ?

この疑問が脳裏から離れず、考えているうちに、気づいてしまったのです。大いなるアメリカの秘密を。←大げさと言わず、まあ聞いてください。


■主人公とトランプ元大統領は愛読書が同じ

本作の主人公、レイ・クロックは、野心家で努力家、仕事大好き人間のプロテスタンティズムの倫理の権化のような人物として登場します。プロテスタンティズムというのは、プロテスタントのイズム、つまりプロテスタント的な生き方のことです。

プロテスタントというのは、キリスト教のうち、カソリックではない方の諸派のことです(カルトと正教を除く)。アメリカ人はたいていがプロテスタントです。

社会科学の巨人マックス・ヴェーバーは、プロテスタンティズムの倫理こそが、資本主義を作ったのだ、と主張しました(『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』という著作があります。面白いです。)。

さておき、要は、真面目で勤勉、稼いだ金は遊びに使わず仕事に振り向けて、より仕事を大きくすることに人生を費やす、そういう生き方がヴェーバーが言うプロテスタンティズムです。

ただ、このレイ・クロック氏、キリスト教徒ではなくユダヤ人です。ユダヤ人なんですけれども、プロテスタントの牧師であるノーマン・ヴィンセント・ピール牧師に心酔しています。

ノーマン牧師は、自己啓発の元祖とも言われている人で、トランプ元大統領の愛読書もノーマン牧師の著作である自己啓発書『積極的考え方の力』なのだそうです(と、森本あんり先生のコラムで知りました)。

映画では、冒頭にレイが、その『積極的考え方の力』をレコードで聴いているシーンが出てきます。本を読まずに聴くのは奇妙なようですが、クルマ社会だったりディスレクシア(識字障害。スピルバーグなど著名人にも多い。文字を認識しにくいことは知性と相関しない)の割合が多いと言われるアメリカでは別に普通で、amazonもaudibleという読み聞かせサービスを出しています(文字信仰の強い日本ではさっぱり人気がありません)。

何が言いたいかと言うと、資本主義はプロテスタンティズムの倫理が作ったのかも知れないけれども、レイはプロテスタントではなく、自己啓発大好き人間の、つまりはオールドタイプのタフ&イケイケタイプのアメリカ人で(なぜオールドタイプなのかはこちらをお読みください)、たぶん、ここのシーンを観たアメリカ人は、レイは成功者にありがちなタフガイなんだろうなと思っても、これが成功の秘密だろうとは思わないはずなんです。日本的に言えば、客席が暖まったという感じでしょうか。


■最初はバッドエンドだと思った

さて、レイは、シンプル・旨い・早いの画期的外食システムを発明した創業者のマクドナルド兄弟を追い出して彼らの本名の使用権まで奪い(能年玲奈みたいでかわいそう)、自分がファウンダー(創業者)を名乗り、無名時代の自分を支えてくれた糟糠(そうこう)の妻を捨てて、人妻を奪って立志伝中の人物になります。

いや、ひどい話です。奥さんかわいそう!マクドナルド兄弟かわいそう!こんな奴を称賛してアメリカ人はオリジナリティに敬意を払わないのか!神はなぜ泥棒猫に微笑むのか!バチは当たらないのか!こりゃバッドエンドだ!と思いました。最初は。


■アメリカそのものと通底したレイ

でも、私は気づいてしまったのです。冒頭の『積極的考え方の力』に惑わされてしまったけれど、これはプロテスタンティズムの倫理の帰結の物語なんかではなく、ハンバーガー帝国のヒミツどころかアメリカ帝国のヒミツの物語なのだと。

ユニクロの柳井正氏とソフトバンクの孫正義氏が共に憧れたという日本マクドナルドの創設者である藤田田(でん)氏が、『ユダヤの商法』なんてベストセラーを書いていたので惑わされそうになってしまったけれども、レイがユダヤ教の影響下にあるのかキリスト教の影響下にあるのかなんてこともどうでもいいんです。

レイ・クロックの成功の秘密は、そういうところに起因するのではなく、アメリカそのものと通底してしまったからだと思うのです。

どういうことなのか説明します。


■ナラトロジーが明らかにする『ファウンダー』の構造

世の中にナラトロジー(物語論)という人類学の親戚のような学問があります。おおざっぱに言えば、物語の構造を発見・分析することで物語を理解しようとする学問です。

例えば、ナラトロジーによれば、鶴の恩返しも浦島太郎も同じ型ということになります。

<主人公に禁止事項が課される>→<誰かが留守にする>→<禁止事項が破られる>

という基本パターンが同じだからです。


本作『ファウンダー』の構造は、

<主人公が素晴らしいものに出会う>→<もとの持ち主から奪う>→<最初から自分のものであったかのように振る舞いそれを広める>

というものです。


もう少し細かく書くとこうなります。カッコ内が映画のストーリーです。

明確なビジョンと方法論があるがそれを実現できない日々(ミキサーの営業)
→画期的なシステムに出会う(マクドナルドとの出会い)
→参画する(フランチャイズ契約)
→理解し共存する(メニューのシンプルさ店の清潔さなどを踏襲)
→当初の方法論の限界に直面(売れているのに儲からなくて資金難)
→事業を飛躍させるアイディアを持った人物が現れる(ソナボーン)
→事業の飛躍にパイオニアが反対する(マクドナルド兄弟は品質第一を主張)
→パイオニアと衝突する(契約トラブル)
→パイオニアに取って代わる(マクドナルド兄弟から経営権と名称を奪う)
→事業を水平展開で拡張する(ますますフランチャイズが拡大する)
→事業開始前からずっと見ていた家族と決別する(糟糠の妻と離婚する)
→ファウンダーとして振る舞う(1号店をすり替える)
→パイオニアを衰亡させる(マクドナルド兄弟の店の前に出店して兄弟の店を潰す)

ひどい話しに思えますが、これって大筋アメリカの歴史そのものなんです。高校の時に世界史を選択した人は懐かしく思いだしていただけると思うのですが、以下、上の構造の(カッコ内)をアメリカ史に置き換えたみたところ、なんとそのまま通用してしまいました。

明確なビジョンと方法論があるがそれを実現できない日々(イギリスで迫害される清教徒)
→画期的なシステムに出会う(新大陸の発見)
→参画する(新大陸へ集団移民)
→理解し共存する(ナバホ族などインディアンと英語を媒介に共存を試みる)
→当初の方法論の限界に直面(開拓初期の農耕の困難と飢餓)
→事業を飛躍させるアイディアを持った人物が現れる(キャプテン・スミス)
→事業の飛躍にパイオニアが反対する(自然破壊やバッファロー乱獲にインディアンが激怒)
→パイオニアと衝突する(インディアン戦争)
→パイオニアに取って代わる(インディアンを武力制圧する)
→事業を水平展開で拡張する(西へ西へとフロンティアを拡大)
→事業開始前からずっと見ていた家族と決別する(イギリスと独立戦争)
→ファウンダーとして振る舞う(インディアンの時代をアメリカの黒歴史化)
→パイオニアを衰亡させる(黒人奴隷は解放してもインディアンの聖地は開発と観光の名の下にほとんどが収奪したまま)

つまり、マクドナルドの成功譚は、よそ者のレイが、アメリカ人の物語を自ら体現することによって成功するという物語なのです。

そしてこのパターンは、Facebookにもまんまあてはまります。映画『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)がなぞったザッカーバーグの成功譚は、レイ・クロックの人生と全くの同一構造をしています。ぜひ、確かめてみて下さい。ちなみに、『ソーシャル・ネットワーク』は、今のところamazonでは有料ですが、Netflixには入っています。


■レイが人気なのはアメリカがキリスト教国だから

さて、これがわかって、なぜレイなんかの話しを聴きに人が殺到するのかの謎が解けました。「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」がキリスト教の教えだからです(新約聖書ヨハネによる福音書第8章)。インディアンの地で暮らす彼らいわゆるWASPなアメリカンな人たちには、掠奪を非難することに対し無意識の良心の抵抗が働いてしまうのではないでしょうか。

同時に、WASPなアメリカ人でもない我々が、レイやザッカーバーグの人生をそっくり真似して大成功を収めたとしても、多くの人がその話しを聴きに来るようなことにはならないだろうなとも思いました。


■日本人が大成功するには

アメリカ建国のナラトロジー的な構造を共有しない日本では、彼らのようなやり方で大金持ちになったとしても尊敬まで得られることはないし、幸せな人生も送れないでしょう。日本人が日本人らしく大成功するには、日本史のどこかから成功の構造を見つけ出し、それを国民の物語として一般化するナラトロジーの知恵が必要なのだと思います。

でも、大河ドラマや時代劇は江戸時代ばっかりで、それってナラトロジー的には、最初から最後までお上(かみ)の手のひらの上で喜怒哀楽があるだけっていう成功しようのない物語の構造をしていますから、我々日本人は成功しない物語を繰り返し楽しんでいる民族だとも言えます。だから、日本での成功者は、そんな民族共通の物語にはつきあわないはみ出し者ばっかりなんですね。

一方、成功の物語(その物語がひどい話かどうかという価値判断は置いておいて)を共有しているアメリカ人は、だから、よりアメリカ人っぽい人ほど成功します。

日本人は欧米への憧れが強いですから、気持ちの上ではアメリカ人は「お上」の位置にいます。これでは、アメリカに憧れて近づこうにも決してアメリカを超えられない。ナラトロジー的には、そりゃあそうだろうなあって思います。なので、これはナラトロジー的に解決するのがよろしい。


■タイトルの意味

最後に、この映画のタイトルは、ファウンダーです。ファウンダーは創設者という意味ですが、found+erつまり「見つけた」「人」でもあるんですよね。見つけた人と見つけられた人の物語を表すこのタイトルは、恐ろしくマスタードが効いているなと思いました。

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