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事業創造と事業変革を考える際に有効な3つの「I」と1つの「S」:Invention, Insight, Ingenuity, Shift

今回は、事業創造(新規事業開発)と事業変革(既存事業のバージョンアップ)に関連する「Invention、Insight、Ingenuity、Shift」という4つのキーワードについて考えてみたいと思います。

事業創造と事業変革は厳密には違いますが、「新しい価値を生み出すために企業が行う活動」という意味では同種の活動だと捉え、この記事では両者を厳密に区別せずに論じます。

なお、文中では事業創造、新規事業開発、事業変革などの用語を単独で、あるいは並列して記述しますが、すべて「企業が新しい価値を生み出そうとする活動」、つまりイノベーションをめざした活動を意味しています。

シュンペーターのイノベーション理論

経済学者のシュンペーターはイノベーションの形態を5つに分類しました。

1.新しい製品/サービスの開発
2.新しい生産方式の開発・導入
3.新しい販路/市場の開拓
4.新しい調達先の開拓
5.組織的な強みの実現(少しわかりにくいですが、シュンペーターは「トラスト化」を例に挙げています)

シュンペーターの5つの分類の中で、一般的にイメージされる「イノベーション」に近いのは1番目の「新しい製品/サービスの開発(プロダクト・イノベーション)」でしょう。

この「プロダクト・イノベーション」について、2000年代初頭(正確には2004年12月)に米国競争力委員会よって発表され、米国のイノベーション戦略を方向づけたとされる「Innovate America(通称「パルミサーノ・レポート)」を議長としてまとめた、IBMの元CEO サミュエル・パルミサーノが何を言っているかを見てみましょう。

パルミサーノのイノベーション論:「インベンション(Invention、発明)✕ インサイト(Insight、洞察)」

パルミサーノは、イノベーションを「インベンション(Invention、発明)×インサイト(Insight、洞察)」と表現しました。革新的製品を開発して普及させようと考えたとき、この「インベンション×インサイト」という見方はとても有益であり、説得力があります。

イノベーションは製品を普及させ、世の中に(正の)インパクト、それも大きなインパクトを与えることだといえますが、世の中にインパクトを与えるためには製品それ自体が優れているだけでは不十分で、その優れた製品が世の中に広まるような手立て、方法を考える必要があります。

どうやって革新的な製品を世の中に普及させるか。これについてのインサイト(洞察)が製品開発によるイノベーションを実現するためには必要だということです。

実は、この「革新的製品の普及」にシュンペーターのイノベーション理論の2番目、3番目、4番目が(あるいは、場合によっては5番目も)関わってきます。

製品を普及させるためには優れた生産方法によって原価を下げて適正な価格実現する必要があります。同時に、販路も開拓しないといけません。場合によっては、提供方法そのものを革新する必要もあります。また、より良い製品の製造、低コストでの製造を実現するために優れた原材料や部品の調達が必要になります。

これらはシュンペーターがイノベーション理論の2~4番目で言ったことと一致します。

5番目の「組織イノベーション」ついても、革新性のある活動としてデザインされた各種の事業活動(生産、販売、調達など)を実際に効率的かつ効果的に実行するための組織づくりと考えれば、やはり革新的製品の普及に必要な要素(少なくとも、密接に関わる要素)といえます。

パルミサーノの言った「イノベーション=インベンション×インサイト」というのは、イノベーションが「発明をすればイノベーションを実現できる」というような単純なものではなく、いろいろな角度からの洞察が必要だということを示しているといえます。

現代風に言うならば、製品の革新(プロダクト・イノベーション)だけを考えるのではなく、生産や販売(あるいは、広義の提供方法全体)、調達など、事業における様々な機能において価値創造につながる(=より大きな顧客満足につながる)工夫をして、それらの機能が「ビジネスモデル」という形で整合的に1つの事業活動として構築される、ということになります。

製品だけでなく、生産や販売、調達などの革新もイノベーションの要素であるなら、イノベーションは技術者だけのものではなく、社内の様々な専門家を巻き込んだ活動によって実現するということになります。

各分野の専門家が部門横断的に議論し、相互に刺激し合って意図的かつ積極的に洞察を得る努力をし、それによって新規事業、既存事業関係なく、これまでとは違った価値創造の方法を見つけることができれば、企業のイノベーション実現の可能性は高くなります。

ただし、それだけでは足りません。事業活動には継続が必要だからです。そして、事業活動における継続はただ続けだけではダメで、物事を進化させながら続ける必要があります。ここで第3の要素が登場します。

もう1つの「I」:インジェニュイティ(Ingenuity、創意工夫)

物事がうまく行われるように様々な手立てを考えることを創意工夫と言います。当然、革新的な製品を世の中に広める活動にも創意工夫が必要になります。創意工夫は英語でIngenuity(インジェニュイティ)と言いますが、これがInvention、Insightに続く3つ目の「I」です。

プロダクト・イノベーションを事業として成功させ、持続的に収益を獲得するためには、インベンションとインサイトに加えてインジェニュイティ(創意工夫)が必要になります(図表1参照)。


創意工夫というと現場改善をイメージしがちですが、それだけではありません。むしろ、ビジネスのやり方そのものを変えるような創意工夫こそ、収益に大きなインパクトを与えます。

新しい事業では勝手のわからないことも多く、関係部署が協力して試行錯誤しなければいけないことも多々あります。また、既存事業では関係者の間で役割を明確に分担できていたことも、新事業ではそういうわけにはいかないということもあります。

そのようなときに、部門の壁を超えて開発チームのメンバーが知恵を出し合い、意見を出し合って創意工夫活動を行うことで新たな洞察を得る可能性が高まります(もちろん、「必ず洞察が得られる」と断言することは難しいですが、ビジネスでは可能性を高める行動を選択することが大事です)。

中小企業の中にも創意工夫活動が浸透している会社はたくさんありますし、日本企業の得意とするところだと思いますので、その強みを活かして事業創造や既存事業の革新活動でも単に結果を求めるのではなく、「どこに改善の余地があるか」と考える「創意工夫の意識」を大事にしていただきたいと思います。

第4のキーワード:「シフト」

では、その創意工夫、特に新規事業の開発や既存事業の見直し・変革における創意工夫はどのように考えればよいのでしょうか。

考え方の1つに「シフト」があります。これが3つの「I」に続く、第4のキーワードです。

シフトとは「位置や方向を変える、ずらす」という意味ですが、新規事業を考えたり既存事業を見直したりする際には「製品の定義をシフトする」、「対象市場をシフトする」、「提供価値をシフトする」といったことを考えると、自社がこれまで取り組んでいた価値創造の方法とは違った視点で事業を見ることができ、既存事業を起点にして新しい事業や新しいビジネスモデルを考えることができます。

かつて、ソニーの盛田昭夫氏は「タイムシフト」という言葉を使い、家庭用ビデオレコーダーが映画会社の著作権を侵害しているのではなく、視聴者の観る権利を守っているのだと主張して、アメリカにおける家庭用ビデオレコーダーの普及を決定的なものにしたと言われています。

タイムシフトは、現在ではNetflixやAmazon Prime Videoのような「サブスクリプション・モデル(定額課金型ビジネス)」に形を変えて(つまり、提供方法をシフトして)新しいビジネスを生み出しました。

自動車産業にもシフトは起こっています。モビリティーという概念は、モノとしての価値を持った製品から移動サービスを実現する要素の一部へと自動車のあり方をシフトさせました。

このように、新しいビジネスが生まれようとするとき、「シフト」が重要な意味を持つことがあります。

シフトによって生まれた新製品や新サービスは、全く新しいものを生み出したというよりは、時代の変化やテクノロジーの変化に合わせて既存の製品やサービスの一部を変えたと考えた方が適切な場合があります。

そのように考えると、いま起きているさまざまな変化への対応でもシフトの発想が重要な突破口になり得ることは容易に想像ができるでしょう。

まとめ

以上、イノベーションを考えるときに有効な4つの要素について、シュンペーターの理論やパルミサーノの発言を頼りに、筆者なりの考え・枠組みを付加して解説してきました。

もちろん、「この条件を満たせばイノベーションを実現できる」と言うことはできませんし、言うつもりもありません。ただ、新規事業開発や既存事業の見直しがうまくいかないときに、「もしかしたら、この視点が不足していたのではないか」と考えていただくヒントは提供できたのではないかと思います。

発明は簡単には実現できません。しかし、いろいろな人の話を聞き、情報を集めてチームで創意工夫活動を実践し、その過程でそれまで得られなかった洞察を得ることは多くの組織で実行可能です。そこにシフトという視点を持ち込めば、さらに洞察を得やすくなるでしょう。

補足説明:シュンペーター的な見方で事業創造と事業変革の革新性をチェックする簡単な方法

最後に、若干の補足説明をしたいと思います。

シュンペーターの「5つのイノベーションの形態(新しい製品/サービスの開発、新しい生産方式の開発・導入、新しい販路/市場の開拓、新しい調達先の開拓、組織的な強みの実現)」によれば、企業は様々な方法によってイノベーションを実現することができます。

逆に言うと、事業の様々な側面に注目して価値創造を考えないと他社の後塵を拝してしまう可能性があるということです。

事業の様々な側面に注目して価値創造を考えるためには、各分野の専門家が意見を持ち寄って話し合う必要がありますが、専門分野の異なる人たちの話し合いというのは、想定している前提条件や成功のイメージが異なるため、散漫になりがちです。

議論が散漫になることを防ぐためには、図表2のような簡単なチェックシートを使って関係者が認識の水準を揃えてから話し合うと良いでしょう。

図表2の「革新の形態」は、4番目まではシュンペーターが提唱したイノベーションの形態の4番目までと言っていることは同じです。5番目については、現在のビジネスでは「事業モデル(ビジネスモデル)の革新性」とした方が適切だろうと考え、そのように表現しています。

関係者がそれぞれの立場や視点で新規事業や既存事業にどのような革新性を与えられるのか(要するに、どうやってそれを実現するのか)を議論することで、その事業の「現実的な姿」、「実際に事業運営されたときに、誰が何をどのように行うのか」、「本当にできるのか」が関係者全員に見えてきます。見えてこないなら、見えてくるような議論をしないといけません。

開発チームに各部門から参加しているメンバーは部門の利益代表ということではなく、その分野において「何が実際に実行可能なのか」をきちんと説明できるから呼ばれています。各部門から呼ばれた専門家が、「こういう手段なら実際に実行可能だ」と言えれば、それについては具体的に推進することができるということです。

反対に、「現状では難しそうだ」というのであれば、「どうすれば実行可能なのか」を話し合うことができます。他部門の協力が必要なら、その部門の専門家が同席しているわけですから、そちらの分野の専門家の観点から「これなら実行可能だ」ということを言ってもらえばいいわけです。

このような簡単な擦り合せや確認を怠ることで議論が空回りしたり、現実味のない、具体性のないアイデアの検討に時間を費やしてしまうことは、関係者の頭脳と時間と体力の無駄遣いになります。

ときには無駄な議論も必要でしょうが、やはり議論は生産的であることが望ましいです。図表2のような簡単なシートを使うことで議論を生産的なものにできますので、興味のある方は社内の議論で使ってみてください。

(執筆者:中産連 主任コンサルタント 橋本)
民間のシンクタンクおよび技術マネジメント系のブティックファームを経て現職。現在は、中堅・中小企業における経営方針の策定と現場への浸透の観点から、コンサルティングや人材育成を行っています。

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