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借りパク奇譚(17)


「さて、皆様は無事、"懺悔の門" をくぐられました。一見今までとなんら変わらいように思える皆様の周りの風景は、すでに大きく変化し始めています。しかしながら、各人がそれをはっきりと自覚するのは、もう少し後になるかもしれません」

風景? また抽象的な表現をする亮潤様。ただ、少なくともおれたちは無事、懺悔の門を通り抜けることができたらしい。残念ながらそれは "借りパク王子 "山田も例外ではないようだ。

「ではこれより、新しい道を力強く歩んでいくため儀式、『調和と創造の儀』に移っていきます。『調和と創造の儀』によって一般的な意味でのみそぎを果たすことができます」

禊。そうだ、確かに禊が必要だ。「懺悔」「説教」「禊」それでワンセットだろう。知らんけど。とはいえ一体何をするのだろうか? 禊と言えば、一般的に考えて苦行ではないのか?

「ポチ! トランプを」

ズコッ

おれは座っているにも関わらず、ズッコケそうになる。 
トランプとな? 『智慧の儀』であれほど威厳を示していたのに、亮潤様『名与の儀』の再来でしょうか? せっかくみんなで円になったし、『大富豪』でもやっちゃお——! そんなノリじゃないでしょうね。どうしてもふざけているように感じる亮潤様の言動に、おれは顔をひきつらせた。

ポチはテニスの試合のボールパーソンのごとくダッシュで亮潤にかけ寄り、素早くトランプを渡すと、またダッシュで元の場所に戻る。

「亮潤様、トランプなんか何に使うんですか?」

ボンネもさすがにびっくりしたのか、目をまるくして質問する。

「ババ抜きです」

ぷっ。

噴き出すのを堪え、鼻の上が痛くなる。想像の上をいく亮潤様。

「バ・バ・抜・き・を?」

うろたえて、たどたどしく復唱するボンネ。

「はい、トランプといえば "ババ抜き" です。ちなみにこれは、未使用の新しいトランプです」

ポチから受け取ったトランプをマジシャンがお客さんにするようにかざす亮潤。

確かに手に持っている『BICYCLE』のトランプ、そのケースの入り口が未だスペード型のシールで閉じられている、しかし……。

『そのくだり必要ですか!? マジックじゃないのに! ババ抜きなのに!』

そうツッコめたら、どんなに楽だろう。

亮潤はそれからゆっくりとした動作でケースを開け、トランプを取り出すと、自分にだけ絵柄を見えるようにして2、3枚カードをよけ、ふー と深く息を吐いて一瞬 "ため" をつくったかと思うと、それから物凄いスピードでカードを切り始めた。

シュシュシュシュ ダダダダダ
ザザザザ シャシャシャシャシャ

シュシュシュシュ ダダダダダ
ザザザザ シャシャシャシャシャ

シャシャシャシャシャ シャシャシャシャシャ シャシャシャシャシャ

その見事に洗練された手つきに圧倒されつつも、あまりにも一心不乱にカードを切るその姿に、参加者たちは次第に引き始める。何故そんなにカードを切る必要が? 

ところが亮潤。呆然とするおれたちを置いてきぼりにひとり突っ走る。

スチャチャチャ──── スチャチャチャ────チャチャチャチャ─── 

速い、速い、速い!

スチャチャチャ──── はぁーーーーーーーーい!!!!

雄叫びを上げ、床にトーンとトランプを置く亮潤。

呆気に取られている皆を尻目に、次に亮潤はカードを5等分し始めた。
ん……!?  5等分?……えっと、おれ、カンバルジャン、ボンネ、クロエで4人……もしかして亮潤様、ババ抜きに参戦ということなのでしょうか? 確かに坊さんとババ抜きなど、これを逃したら一生チャンスがないかもしれない。なんて考えているうち、目の前に一気に5つの山が出来上がる。

「早いものがちです、お好きなものをお取り下さい」

亮潤様がそう促すも、やはりみんな大人、我先にとはならず、自分から一番近い山をおもむろにとる。それからババ抜きのルール通り、各人ペアになったカードを捨て、いざ準備完了。

「では "じゃんけん" です、最初はパーでいきますよぉー」

ズゴッ。『グーやないんかい!』とはツッコめない。

「最初はパー! ジャンケン ポン!」

元気に掛け声をかける亮潤様。

おれ、カンバルジャン、クロエ、ボンネがグーで亮潤様はパー。
お見事! 亮潤様勝利。よって、亮潤様から時計回りにボンネ、おれ、カンバルジャン、クロエという順番でカードを引いていくことになった。

淡々とカードを引いていく面々。時折ペアのカードを引き当て、その枚数を減らしていく。
5分経たずして、ゲームは終盤に差し掛かかった。残り1枚となったクロエのカードをカンバルジャンが引き、まずはクロエがあがった。次に同じように残り1枚となったボンネのカードを亮潤が引いてボンネがあがる。さらには次に残り1枚となったおれのカードを亮潤が引き、おれがあがる。

残ったのは亮潤とカンバルジャン。
手札は亮潤が2枚で、カンバルジャンも2枚……ん?……おかしい…… ババ抜きである、この時点で4枚残っているとはどういったことか? カードが欠けているのか? いや、新しいトランプのはずだ。そう、みんなで確認したじゃないか。

疑問が解消されないうちに亮潤がカンバルジャンのカードを引く。無事にペアが生まれカードを捨てる亮潤。これで遂にお互いが1枚ずつ? やっぱりおかしい?  まさかこれは!! と思った矢先、カンバルジャンが亮潤の残り1枚のカードを引き、手持ちのカードがなくなった亮潤はあがり、カンバルジャンは? 引いたカードと手持ちのカードが一致したようでカードを捨てる……???

どういうことですか?

皆が同じタイミングで亮潤をみやると、コクリとうなずく亮潤様。

『コクリ。じゃないよ! あんたババ入れ忘れたろ、そういや1回もババ見てないわ! 』

そうツッコめたらどんなに気持ちいいだろう。

「亮潤様、ババを入れ忘れちゃったんですか?」

透き通った声でそう尋ねるボンネ。おれはここにボンネがいたことを、今日一番感謝した。

「いえ、私たちはババ抜きをやったんです。ババ抜きなので、ババは抜きました」

ポカーン。

……亮潤様、ここへきて言葉遊びですか。おれは自分を棚に上げてそう思う。

「ババを入れるから勝ち負けが出てくるのです。今ここでは勝ち負けは必要ありません。『ババ抜きを通して整うことを体験する』それが目的です。皆さんはこのゲームで手札がペアとなって、はけていく、その様子をじっくり観察し、味わってみて下さい。きっと新しい発見があるでしょう」

そう言い終わるや否や、再び洗練された手つきでシャキシャキとカードを切り始める亮潤様。

意味不明ながらも、何故かその言葉に相変わらずの説得力を感じるから不思議である。ババを入れ忘れたことを認めたくないため、急遽出まかせを言っているようには思えない。"整うことを体験" ? 例のごとくサッパリだが、カードを切っているということは、とりあえずこの不思議なババ抜きをまだ続けるようである。

結局ババの入っていなババ抜きは計5回行われた。当然、誰が勝つわけでも負けるわけでもなかったのだが、カードが巡り、揃い、はけていく、その流れに注目するのは思いのほか楽しかった。

おれは3回目と4回目に最後のふたりとなり、さらには自分が相手の最後の1枚のカードを引く側になった。最後のカードを引き、絵柄が揃いゲームが終わる。その当たり前のことに、何故だかカタルシスを覚えた。5回目を終え、亮潤様が「ババ抜きは以上とします」と言った時には、どうしてだが、もっとこのババ抜きをしていたいとさえ思った。

(18)に続く


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