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借りパク奇譚(18)

「はらい、整いましたので、次は表現し、創造しましょう」

亮潤の言葉を受け、ポチが再び皆に紙を配り始める。

・ うし ・ とら ・  ・ たつ ・  ・ うま ・ ひつじ ・ さる ・ とり ・ いぬ ・ 

紙には筆で書かれた干支の漢字が並び、丁寧に読み仮名まで振られていた。

「では紙をもったまま、炎を囲みましょう」

亮潤様に促され、おれたちは燃え盛る炎の周りへと移動した。

熱い。炎を前にして一気に汗が噴き出る。やはり近くに来るとその熱気は相当なものである。ポチが丁寧に育てた炎は、今や開始時にも増し血気盛んに踊っていた。パチッ パチ と木が爆ぜる音がなんとも心地よい。

亮潤様は今回円には加わらず、炎から少し離れたところで座禅を組む。その亮潤様の前に、厳かな表情でポチが大小様々な形の木魚を一つ一つ丁寧に並べていく。一体何が始まるのか? 毎度のことながら先が読めない展開に、参加全員息を呑む。

スゥ─────────── スゥ───────────

スゥ─────────── スゥ───────────
  
スゥ─────────── スゥ───────────

木魚の配置が終わると、大きな音を立てながら亮潤様が呼吸を始めた。

深呼吸をさらにずっとずっと深くしたような、深い、深い、呼吸。

スゥ──────── スゥ────────

皆の緊張が増していくのがわかる。一呼吸ごとに亮潤様から醸し出される何がしかが明らかに変わっていく。眼光は徐々に鋭くなる。『名与の儀』の時、いやそれ以上か。

スゥ─────────── スゥ─────────── スゥ───────────。

ポッ ポッ ポッ ポッ

呼吸が止み、次に亮潤はゆっくりと、目の前の木魚を一定のリズムで叩き始めた。

「皆様、ゆっくりと炎の周りをお回りください」

突如亮潤が指示を出す。

その指示に従い、おもむろに炎の周りを回り始める一行。

ポッ ポッ ポッ ポッ

木魚のリズムに合わせ、ゆっくりと炎の周りを回る。1周、2周、3周……。

「ではこれより、歩くのに合わせ、皆で順に干支を詠み上げていきましょう! ゆっくりと、確実に、詠みあげてください。では行きます。 はい!」

炎の周りをおよそ10周くらいしたところで亮潤が次の指示を出す。

おれたちは指示に従い、皆でタイミングを合わせて干支を詠み上げていく。

子  ポッ  丑  ポッ  寅  ポッ  卯  ポッ  辰  ポッ  巳 ポッ─────

干支の詠み上げが始まると、それに合いの手を入れるかのように木魚を奏でる亮潤。その音には広がりと深さを感じる。一音一音に魂を刻み込んでいる、そう言われても納得しそうだった。つられてか、おれたちの干支を詠みあげる声にも熱が入る。

─────申  ポッ  酉  ポッ  戌  ポッ  亥  ポッ─────

……一体これは? 一瞬我にかえり、自分は何をやっているのだ? と考える。全く訳がわからない。いや、そんなことは今に始まったことではないか、『懺悔の門』の開始からずっと、おれたちは訳のわからないことやっているのだ。

おれは覚悟決めて、元気よく、干支を詠みあげる。

戌  ポッ  亥  ポッ  子  ポッ  丑  ポッ─────

「もっとお腹から大きな声で!」

干支を10周言い終えたところ亮潤が叫ぶ。

「子!! 丑!! 寅!!─────」

デカい声が響く。我々をガイドするかのごとく、亮潤の斜め後ろに控えていたポチが干支の詠みあげに参加し始めた。まさに腹から声を出すとはこういうことだと言わんばかりの大声である。運動部だった頃の名残か、負けじとおれも腹から声を出そうと努める。

子!! ポッカ 丑!! ポッカ 寅!! ポッカ─────

体が熱い、汗がどんどん吹き出してくる。

「では詠みあげを継続したまま、ここからは同時に口にした動物を、頭に思い浮かべて下さい!」

さらに数周したところで亮潤が叫ぶ。

おいおい、亮潤の合いの手の速度に促され、今や歩くテンポはかなり速くなっている。そんな状況で、詠み上げに加えて動物を思い浮かべろとは、なかなかもって難儀である。干支が書かれた紙を渡された意味がようやくわかった。紙がなければ、干支を正確に言うのもままならない。

──申! ポポカカ 酉! ポッカカ 戌! カカカカ 亥! ポポッカ 子! ポポカカ 丑! カカポポ─────

動物の想像開始同時、亮潤が奏でる合いの手のリズムが複雑に変化し始めた。多種多様な木魚を打ち鳴らす亮潤。木魚の音と木がはぜる音がミックスして、独創的なハーモニーを紡ぎ出す。どうしてか? 初め、到底無理だと思っていた動物の想像だったが、回数を重ねるうち、自分でも驚くほど鮮明に個々の動物をイメージできるようになっていく。それは架空の動物も例外ではない。おれは見事な龍を思い浮かべて満足する。

さらに数周、今や亮潤が奏でる木魚のビート、その速度と複雑さはえらいものになっている。おれたちはとうとう走り出す。

──子! ポッカカカカカカ 丑! ポッカ ポポッカ ポポッカ 寅! ポポカッポポカッポポカッ─────

「では次に、頭で想像した動物達を創造し、この世界に生み出して下さい。動物達と一緒に走りましょう!」

さすがは亮潤様。例に漏れず、ものすごいことを言い出したなと思っていた矢先、ふと、直前に想像したウサギが自分の肩の辺りから飛び出し、おれの前を跳ねていくのを見た。……錯覚? 幻想? わからない。ただウサギは、確かにおれの前を跳ねている。おれは試しに、今度は意識して、今発したいぬをこの世界に創造してみようとする─────先ほどと同じく、おれの肩の辺りから柴犬が現れ、ウサギの隣に並び、走っている。柴犬は一瞬おれの方を振り返り、よろしくねと挨拶をしたように見えた。そこからはもう楽しくてしょうがなかった。おれは次々に大小さまざまな干支の動物達を創造していった。

                *

眩しい。ギラギラと照りつける太陽。気がつくとおれは、自分が創造した動物達と一緒に、広大な大地の上を歩いていた。おれが含まれている輪、それは見知らぬ大勢の人々と一緒につくる巨大な輪だった。その中央には、これまた巨大なやぐらが何十本も建てられ、火柱が大空へ向かって伸びている。人々は皆、干支の動物たちと一緒に輪を回っている。おそらく各々が自分で思い思いに創造した動物達だ。

意気揚々と歩く人々。ある者はスキップをし、ある者は踊りながら回っている。時折、太陽の光を遮られ影が生まれる。なんだろう? と思い空を見上げると、そこには皆が創造した何頭もの龍が悠々と空を旋回していた。

「あっ!」

おれは思わず声をあげる。そこにはちゃんと、おれが創造した龍もいたからだ。

前方、人々に混じって、山田やボンネ、クロエの姿を確認できた。虎にまたがっている山田。「虎乗り人」そんなものが存在するのかはわからないが、山田はまさにそんな感じである。虎を乗りこなし、見事に一体化している。

羊飼いのような格好をしたボンネは羊を何頭も連れ歩いていた。クロエはやたら耳の長い黒いウサギを抱っこし、その肩には色鮮やかな美しい鳥が止まっている。

皆の歩むペースが次第に速くなっていく。歩きから早歩きに変わり、ついには走り出す。

おれも周りに合わせて走り出した。ぐんぐん増していくスピード。速い! 速い! 速い! おれはこんなに速く走れたのか? まるで車に乗っているかのように、風景はどんどん後退していく。

前方、虎と同化した山田がスイスイと人の間を縫って進んでいく。おれは自分が創造した馬に飛び乗った。乗馬の経験などない。ただ、おれは馬の乗り方を知っていた。おれもすぐに馬と同化し、山田の後を追う。いつの間にか、巨大化した鳥の背中に乗ったクロエがおれと山田の間に現れ、そのまま一気に追い越して行った。羊に乗ったボンネがおれに追いつき並走する。おれたちはスピードを上げ一緒に山田の後を追った。

激しい高揚感を感じながら、おれは前へ前へと進む。どこまでも、どこまでも走っていける、そんな気がした。ずっと走っていたい、そう思った。走れば走るほど、新たに美しい世界が創造されるようだった。

                *

─────申! ポカッカ カッカッ 酉! ポッポポ ポカカカ 戌! カカポカ カカポカ 亥! ポポカ ポポポカ ポポポカ 子! ポポカカッ ポポカカッ─────

おれは干支を叫びながら汗ダクで炎の周りを走っていた。それと同時に響きわたる多種多様な木魚の音色。亮潤はハードロックバンドのドラマーのように、高速なリズムで木魚を打ち鳴らしている。急遽、おれの中にエンパシーが湧き起こる。酔っ払って缶を叩いていた自分、山田から奇妙な電話がかかってきたあの時の自分だ。もしかしたら既にあの時から、おれの『懺悔の門』の旅は始まっていたのかもしれない。

「残り3周——! 今一度、貸してくれた方への感謝と謝罪の気持ちを胸に刻んで下さぁ——い!」

残り3周、それは干支の詠みあげのことか? 炎の周りを回る回数か? もはやそんなことはどうでもよかった。駆け抜けよう! おれは思う。

子!  丑!  寅!─────
 ポガガッ ガガポコ ポガッ ガガガガ

子!  丑!  寅!─────
 ポッツタ ポポポポ ポッポポ ポガガガ ポガガガ

─────申!  酉!  戌!  亥!

せいやぁ——!!

ポカカカ カカカカ  ポン! ポン!! ポン!!!

3周目の干支の言い終わりに重ね、亮潤が絶叫する。

突き抜ける声は、『調和と創造の儀』の終わりの合図だった。

(19)に続く


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