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爆裂愛物語 第五話 忘れない夏

 陽炎に、うつる恋の、ゆく先は
 儚くうつる、忘れない夏

 中学三年、15の夏を、彼女は忘れない。夏凛は、燃ゆ空に今も踊る陽炎を時折窓から眺めている。そのまなざしに惑いはない。刹那の時よ永久に続けと切実に願いながら。

“僕は夏凛、僕は全てが見える。全てを感じる。全てを知っている。だから冷めている”

 愛の行方を知っている。優しさならわかるけど愛の行方は誰も知らない。でも夏凛は知っている。愛のままに生き、生きようとした行方を。

 忘れない夏の夜……まるで真夏の夜の夢。夜の海で溺れそうな夏凛を、優しく彼が手を差し伸べてくれた。月明かりに照らされた笑顔は美しい。幼い心をその笑顔に預けたんだ。そう、あの遠い夏の夜のように……。
 忘れない夏の夜……まるで真夏の夜の夢。ふたりは愛し合った。たったふたりぼっちの少年少女が愛し合う、それは許されることではない。しかしそれでもふたりは愛し合った。互いを愛した。ふたりは支え合い生きていく事が出来たのである。若かりし頃のあやまちとして語られようとも……彼らには愛しい人と暮らした証の思い出がある。彼らがお互いに惹かれたのはその過去にあるからだ……。
 忘れない夏の夜……まるで真夏の夜の夢。初めてのキスは、バイクに乗った夜。彼の背中は温かくて、ぬくもりも鼓動も全てを感じた。優しく打ち寄せる波をふたりで眺めた。夏凛の幸せは、不安定で小さなものだったかもしれない。それは期間限定だったかもしれない。でもふたりの時間はずっと輝いていたんだ。二人は決して誰にも祝福されはしないだろうけど、そんなふたりだからこそ手を取り合って生きていけると信じて……幼い心を預けたように、唇を預けた。
 忘れない夏の夜……まるで真夏の夜の夢。初めての朝は、廃墟のラブホテルでの夜。夏凛は何かに怯えていた……でもそんな夏凛に彼が……
“もしオレがヒーローだったら哀しみを近づけやしないのに”
 と優しく呟いた。まるで怯える夏凛を優しく包み込むように。そして、もう一度強く抱きしめた。でも……彼も震えていたことには目をそらした。居心地がよかったから、このままこの関係を手放したくなかったから。だから何も言わなかった……ただ……彼に全てをゆだねて……幼い心を預けたように、カラダを預けた。

 忘れない夏の夜……まるで真夏の夜の夢。お互いがこれ以上にないくらいに密着しているのに、なぜかその心には距離が開くバカリだった。そう、あの日まではずっとそう思っていたのだ。

 愛の行方を知っている。優しさならわかるけど愛の行方は誰も知らない。でも夏凛は知っている。愛のままに生き、生きようとした行方を。

 ふたりでこっそり暮らしていた狭い安アパートの部屋で……首を吊った男の死体が、ブラーンぶらーんと揺れている。首を吊ってゆらゆら揺れている死体。ぶらーん、ぶらぶらーん。ブラーン、ぶらーん。閉じていた目をぱっちりと開いたら……そんな死体と目があった。暗い部屋に揺れる死体は、もうちっとも笑ってくれない。

“僕は夏凛、僕は全てが見える。全てを感じる。全てを知っている。だから冷めている”

 愛の行方を知っている。優しさならわかるけど愛の行方は誰も知らない。でも夏凛は知っている。愛のままに生き、生きようとした行方を。

 病院の白い天井、白い壁、白いカーテン、窓の外から見えるのは灰色の世界。
 真っ白な部屋に夏凛だけがいた。透明な窓に映っているのは、痩せこけた自分。瞳の奥の光が見えない。
 ……悔しくて、悲しくて、つまらない現実から逃れたかった。だから外に出たいと言った。だが看護師さんはとがめた。
「術後ですので、まだ安静に」
 点滴の量が増やされる。それをみて医者がため息をつき、付き添いできていた看護師は眉根を寄せた。でも知ったことじゃない……

“僕は夏凛、僕は全てが見える。全てを感じる。全てを知っている。だから冷めている”

 永遠学園付属高校に進学した。中学三年の事件から、病院の院長だった両親により入学させられたのだ。しかし……当時の夏凛には全てがどうでもよかった。進学も将来も両親の意思も。だが……永遠学園には夏凛にとって大きな存在が一人いた。
「三年の中嶋我路だ! よろしく」
 我路の存在だった。
「よかったら友達なんね? オレの友達も紹介するぜ」
 面倒見のよかった彼は、入ってきてすぐ……気持ちが暗かったせいもあるが、友達のいなかった自分を見かねたのか、そんな言葉を呟いて手を差し伸べてきた。
「……」

“もしオレがヒーローだったら哀しみを近づけやしないのに”

「あぁ……」
 彼女は彼に心を許し、手をとった。なんだか似ている気がして、居心地がよくて、悪夢もよみがえるけれども……自分の中の過去を訂正できるような気もするし、自分の中の想い出は……大切であることは、変わらないから。彼女の中で、長い時をすごしてきた過去の想い出たちがうずいた。それは時には辛く、時に悲しくもあるけれども……何より温かくて、幸せに溢れている……。
 だけど彼女の中には、一抹の不安が渦巻いているのも事実だった。その過去は彼女にとって大切だけれども、同時にとても恐ろしいモノでもあったのだ。だからこそ彼女は確信をもって言い切れることができた……
「こんな僕のところに来ちゃってさ、あんた本当にいい男だよ!」
「は?」
 ガハハハハ!!!! 我路は腹を抱えて大笑いした。
「おもしろすぎるだろ!!笑。ツッコミどころがありすぎ 笑」
「そんなおもしろかった?」
「とりあえず僕っ娘なんだな?」
「うん、“私”より“僕”が落ち着く」
「名前は?」
「夏凛、夏に凜って書いて、夏凛」
「夏凛か……」
 我路はふっと間を空けると……
「メッチャいい名前やん! 気に入った!」
「あなたに気に入られても 笑」
「ハハハハハ、違げぇねぇ 笑」
 それが、我路と夏凛の出会いだ。夏の近づく春のことだ。夏凛は我路ともすぐに打ち解けたが、我路の仲間たちともすぐ打ち解けた。特に我路と幼なじみのアイとは、体のことで似た部分もあったため仲良くなれた。
「嗚呼……」

“僕は夏凛、僕は全てが見える。全てを感じる。全てを知っている。だから冷めている”

“そんな僕も、安心して過ごせる場所はあって、我路たちがそうだ”

 しかしあの夏、転機が訪れた。
“永遠学園から逃げよう”
 我路がそう言ったのだ。永遠学園の外に出た我路は、ここの環境が異常である事実を、夏凛も含め仲のよかったメンバーに打ち明けた。誰もがショックを受けていた。学園にいる誰もが正しいと信じていた環境が、間違っていたと知らされ、崩されたのだから。

 だが……一番ショックだったのは夏凛だったのかもしれない。
 他のメンバーは物心ついた頃から永遠学園で育ってきたが、夏凛は途中入学で外の世界から来たハズなんだ。でも……我路の言葉がない限り学園の教育が異常であることに気づかなかった。それは……夏凛が今まで育った環境自体がこの学園と似た環境で、だからこそ夏凛は、途中入学が認められたのかもしれない。その事実は夏凛にとってショックすぎた。

“僕は夏凛、僕は全てが見える。全てを感じる。全てを知っている。だから冷めている”

「逃げよう、外の世界には並さんって人の会社があって、寮付きでオレたちを受け入れてくれるんだ」
「……」
 逃げよう、と言った我路の言葉は優しかったが、夏凛は冷めていた。なぜなら……愛の行方を知っているからだ。優しさならわかるけど愛の行方は誰も知らない。でも夏凛は知っている。愛のままに生き、生きようとした行方を。

“もしオレがヒーローだったら哀しみを近づけやしないのに”

 我路は似ている、彼と、よく。だから安心するのかもしれない。だが……だからなのか不安にもなる。あの過去は彼女にとって大切だけれども、同時にとても恐ろしいモノでもあったから。

 脱獄の夜……その夜の出来事は、あの……忘れない夏、真夏の夜の夢の出来事以上に、夏凛には現実味を帯び、そして……ショックな出来事だった。

 自動警備システムが作動し、塞がれる抜け穴……足がもつれ転んでしまうアイ、もう間に合わない、そう誰もが思っていた。思っていたのに……
 我路は自分の右腕を封鎖するシャッターに挟み、一瞬の隙を与え……アイを助けたんだ。再生能力があるとはいえ、痛みも恐怖もあるハズなのに、なのに……

 ダンに背負われて運ばれる気を失った我路を、夏凛は見ることができなかった。そうなんだ、我路たちが……

 永遠学園の外に脱走しようとしていることを周りにふきこんだのは、夏凛だった。現実味を感じなかったから、愛の行方を知っているから。愛のままに生き、生きようとした行方を。でも……ほんとの現実味を知らなかったのは自分の方だった。自分がやってしまったことが、こんなにも怖かったのは生まれて初めてだ。サヨナラばかりが好きで、ほんとの別れなんて知らなかった。サヨナラが一番ラクだから、何処かで現実を……真実の愛を、諦めていたんだ。

“もしオレがヒーローだったら哀しみを近づけやしないのに”

 我路は似ている、彼と、よく。似ている? いや……全然違う。だって我路は人間だから。最初から、ヒーローなんて、なる気がないからだ。

“僕は夏凛、僕は全てが見える。全てを感じる。全てを知っている。だから冷めている。そう……全て見え、感じ、知っているハズなんだ。だけど……”

 我路……彼だけがハッキリとはわからない。わからないからこそ惹かれてしまう。我路は最初からヒーローになる気がない、人間・我路でしかない。それは感じるのだが……ハッキリとはわからない。なぜなら夏凛自身も、かつての「彼」も、そんな生き方を想像さえできなかったからだ。ブッ飛んでいるのに、誰よりも現実味を感じる。現実を超えた真実のような……それが夏凛にはわからない。わからないこそ惹かれる。だから……

 夏凛は見届けたいと思った。我路と……我路の言う“新時代”を、“わが路”を。

 大日本翼賛会に来て、夏凛はアイと一緒に事務作業を担当した。事務でも少しの肉体作業はあったが、アイはまったくできないので夏凛が代わりにした。だが仕事以外の時間では、あまり外へ出なかった。
 アイは淡々と我路を支えていた。夏凛にはわかる。永遠学園脱走の出来事……あの強すぎる現実味を帯びた出来事が、彼女の我路に対しての理屈を変え、目的を与えたのだと。だが彼女は淡々としている。夏凛にはわかる。彼女は感情なく我路を支えていると。アイは脈拍も鼓動も常に正常値を維持したまま。感情はない。ま、そう造られたからだけど。
 たが我路は……そんなアイによく“ありがとう”と言っていたし、笑顔も時折見せる。彼女は感情で返すことはないのに……そんな彼女のことを本当に大切に思っているのがよくわかる。なぜ? 恐らく我路はアイのことをこう思っているのだろう……

 幼なじみだと

 我路はそういう人だ。みんな平等に見ている。アイのことも、世界でたったひとりのアイ、として、平等に見ている。そこに感情のあるないは関係がない。そういった表面的なことよりも自分の気持ちに素直に生きているんだ。
 実際アイの支え方は、ある意味純粋だ。感情がないぶん公正で合理的、それは普通の人間のそれよりも分かりやすく、余計なモノがなくて純粋だ。我路もそんなアイのやり方は好きなようだ。だから認めている。

 しばらくは代わり映えのない日々を淡々と送っていた。しかし……小さな変化が現れたのは、静香が現れてからだ。家出してきた静香を我路が拾ってきた。最初こそ我路は静香が好きなのか? という話がネタになっていたが、夏凛はわかる。我路と静香の脈拍や鼓動の変化から……ふたりは特別な感情はまったくない。静香はほんとうに誰かに助けてほしくて、我路はほんとうに静香を連れ出してあげたくなっただけだ。
 我路はそういう人なんだ。見返りや損得でなく、自分の気持ちが向いた方へ行く。自分が感じたことが全て、自分が信じたことが全て、そういう人なんだ。
 それは静香自身も気づいていて、だからこそこんなに安心しているのだろう。静香は自分のために迎えに来てくれた人の顔を覚えているから。

 静香が来て大日本翼賛会の日常は変わった。寮も事務所も大分綺麗になったし、香料や花なんて無かったのに、今は執務室からも紫陽花の造花が飾りとして飾ってある。それに3度の食事も楽になった。
(それにしても静香家事うめー!!!!)
 あの頃に比べて環境は良くなったけど、夏凛の人生は変わらないらしい。結局静香って気遣いができるんだよなー。自分は自分の不幸に酔っちゃってるし……。ま、そんなこと言ったら殺し合いが始まっちゃうから言いませんが。

 次にあった変化は大きな変化だ。凪がやってきた。それをキッカケにまた変化が起きる。我路という人間の、人間性が見える。
 我路が凪のことを……ツイッターで知り合った彼女が、悩んでいて、思わず
“そんなに辛いならオレの寮に家出してこい! 養ってやる”
 と言った、ということを、自分たちに話した時、彼はとても真剣で、すごく考えていて、全部素直な気持ちなのが夏凛には分かる。だが……それは夏凛以外にも伝わっているようだ。一番先に声を出したのは、静香だ。
「え! 私に後輩ができるってことですか!」
 静香は素直に喜んでいた。なるほど、この素直さは好感が持てる。素直さは時に人を可愛らしく見せる。
「静香に後輩かー笑。そんなガラじゃないな笑」
「だなー。ちゃんと世話してやれよ」
 園さんと並さんがそんな冗談をいいながら笑っている。
「こんなんがまた増えるんかー笑」
 宮さんも冗談交じりに笑っていた。それからダンが、
「うげー」
 と言った。けど、それは不快そうにではなく、なんだか愛情が感じられるような声だった。その雰囲気に気が付いた静香も
「はははは」
 と笑ってくれた。それが嬉しかったのか、我路の顔が一瞬ゆるんだのが見えた気がした。
「まー我路が信じるならそれが全てさ。お前はいつもそうだろ?」
 と、ダンは我路の肩をたたく。
「自分が信じた道を生きな。その方が我路らしい」
「ダン……」
「あとのフォローはオレらに任せろ。お前を支えんのはオレらの得意分野だ」
「ありがとう、頼むよ」
 それだけ言った。咲夜は、
「とりあえず一人で抱え込まんように、静香んときみたいにな。また宮さんに怒られんでー笑」
 と付け足した。
「……」
 夏凛とアイだけは終始黙っていた。アイは単純に感情がないから、なのかもしれない。しかし夏凛は違う。夏凛は……いつしか、我路を強く意識し始めていたからだ。静香の時も最初はそうだった。しかし……静香の場合はお互い特別な感情がない、と夏凛にはハッキリわかった。だから安心した。安心? この感情はなに? 恋? 嫉妬? ……よくわからない。恋とは違うのかもしれない。けど……彼のことが気になっているのは、確かだった。

(だけど、僕の気持ちは大きく変わっていく)
 それは……凪が来てからだ。凪はおっちょこちょいな所はあるが、夏凛から見ても可愛らしい女の子だな、とは思った。素直な娘だ。でも夏凛にとっての凪はそれだけだ。それだけだった……ハズなのに。
「……」
 決定的だったのは我路のトラックが壊れてから、我路が凪を乗せてバイクでツーリングに出たときだ。
「ああ……そうか」
 我路と凪は、かつての彼と自分に、よく似ているんだ。
「でも……きっと違う」
 それは……我路はかつての彼と違う。だから……この二人は、きっと、自分たちと同じ、破滅的な結末は辿らない。なんだかそんな気がした。凪と我路は、自分の過去のしがらみそのものだ。二人のやりとりそのものが、自分の過去を訂正してくれる気がした。でも……その過去は彼女にとって恐怖でもあるけれども、同時にとても大切なものでもあった。だから……その過去を自分の中で否定することは、かつての自分を否定することで、それは彼女自身の否定でもある。
「だめだ……」
 自分を肯定する気持ちと否定する気持ちがぶつかりあって、もうなにがなんだかわからなくなっていた。
「僕には……どうすればいいのか、わからないんだ」
 ただもうため息しかでなかった。夏凛は強気な態度を装っているが、実際の彼女はそれほど強気じゃない。
(それを考えすぎるとキリがない)
 そう考えると気が重くなりかけたので、睡眠薬をのんで眠ることにした。だが翌日……また決定的な出来事が起きた。

「結婚しましょう、我路」
 アイからの衝撃のひと言だ。
「私は筋力がなく、我路を支えるには限界があります。しかし、私にもメリットがあります。それは女性であるということ。なら結婚すれば、より支えやすくなります。合理的です」
(そうだ……アイは純粋で迷いがない。僕にはこんな大胆なことはできない)
 その後のバーベキューけん飲み会は和やかに続いた。ただ……夏凛はまた凪と我路のことを意識してしまう。
(不思議だな……)
 あのふとしたキッカケから、自分でも呆れるほどに二人に心がいってしまうのだ。
(自問自答だ)
 そう考えつつ食事を続けながら考えるが、うまく言語化できない自分がいた。二人の一挙手一投足の距離が気になってしょうがないのに、その感情の正体を理解も認識もできないんだ……一体どういうことだろう? この感覚は何なのだろう……この感情の答えは思いつかなかった。
「……」
 だから、
「おい夏凛!」
 その場にいることができず、夏凛は飛び出した。
「夏凛!!」
 我路が追いかけてくる……どうして追いかけてくれるの? どうして自分なんかのために…… 
 駆ける夏凛を追う、我路の足音……どうして追いかけてくるの? 自分なんかより凪に集中すればいい。アイだっている。なのにどうして?
「夏凛!!!!」
「!?」
 我路が夏凛の肩をつかんだ。夏凛はドキッと肩を震わせた。
「……」
 そして顔を横にそらす。いまの自分の表情を見られたくないのもそうだが、なにより……
「ねぇ? 我路」
 我路を直視できなかった。
「我路にとっての」
 我路は優しいから。凪にも、アイにも、静香にも、そして……
「僕は何? 必要?」
「はぁ?」
 突然の質問に我路は困惑していた。
「答えてください」
「なんでまたそんなことを言い出す?」
「我路は優しいから?」
「優しい?」
「凪にも、アイにも、静香にも、そして……僕にも」
「……」
「じゃあ我路にとっての僕は何なの? 必要? 不必要?」
「夏凛は必要な存在で特別だ。
 オレにとってはみんな平等で特別だ」
「これだ……」
「?」
「じゃあ我路にとっての必要な僕は能力?」
「夏凛……」
「僕は永遠学園の投薬実験で、五感を極限まで高められてる。我路が必要なのはその能力?」
 そう聞かれると我路は眉をぎゅっとひそめる。なんでそんな表情をするんだろう? と、夏凛は思った。
「……夏凛は全てが見える。感じることができる」
「……」
「じゃあ今のオレは? どんな気持ちだ?」
「……」
 夏凛は全てが見える。
「とても真剣」
 全てを感じる。
「すごく考えている」
 全てを知っている。
「全部素直な気持ち」
 だから冷めている。
「あと……」
「あと?」
 冷めている……ハズだ。
「それは言わない」
 夏凛はちょっぴりはにかんで見せた
「なんだそりゃ 笑」
 我路は笑ってる。
「とにかく、オレにそこまでさせる時点で、夏凛は必要」
「はーい。じゃあ、早く行ってやりな」
「行くって?」
「凪やアイのとこ、僕も後から行くから」
「ゲンキンなやつー」
 我路はクスリと笑うと、また飲み会をしている車庫に戻っていった。

「……我路は」
 夏凛は全てが見える。
「泣きそうになってた」
 全てを感じる。
「そして僕は、」
 全てを知っている。
「ドキドキしていた」
 だが今は冷めていない。
「いつかこの気持ちの答えまで……知ることができたらなー」

 その夜……夏凛はいつものように睡眠薬を飲む。五感を極限まで高められた彼女は、こうしないと眠れないのだ。

“僕は夏凛、僕は全てが見える。全てを感じる。全てを知っている。だから冷めている”

 今夜も聞こえる……ダンの部屋だ。ダンと咲夜が夜の営みを楽しんでいるのが、よく聞こえる。
「今日も綺麗だよ、咲夜」
 聞こえる……
「ありがとう、あなたも相変わらず可愛い、ダン♡」
「風俗で出会った時と、全然違うね、言葉も声も」
「あの時はお客さんだから」
「いつから変わったんだっけ?笑」
「あなたの儚さを知ってからよー」
「永遠学園か」
「ええ……投薬実験の副作用で、もう長くないんでしょ?」
「ああ、明晰な頭脳と優れた身体能力と引き換えにな」
「……なんだかその儚さが、私の息子に重なったのよ」
「小学生だったっけ?」
「ええ……シングルマザーの身で息子を育てるには、風俗嬢になるしかなかった。息子はそんなママが嫌いだって言ってた。学校でイジメられるから。そんな息子も……事故で亡くしたわ」
「……」
「それでも体を売ることはやめられなかった。気がついたら、もう、それ以外に生きるスベを知らなかった。もうクセになってたのね……息子の言ってた通りの悪いママよ」
「咲夜……」
「夢でよく息子の夢を見た……わるい夢よ。夢の中の息子はいつも泣いて言うんだ。“大人になる意味なんて、あるの?”と」
「大人になる意味か……オレは、大人になるまでは生きられたけど、死ぬまでにその答えが見つかるかわからない」
「……」
「でも咲夜の息子には大人になってほしかった」
「どうして?」
「咲夜がどんなに息子を愛していたか、その意味を知ってほしかったから」
「ダン……」
「何かを変えられる日までは、生きてほしい……オレは寿命がねぇからな 笑」
「だから私はダンの所に来た。そんかダンが……好きだから」
「そういや咲夜」
「なに?」
「咲夜は我路のことは正直どう思ってるんだ?」
「……可愛い子、それだけよ」

 なるほど

“僕は夏凛、僕は全てが見える。全てを感じる。全てを知っている。だから冷めている”

 夏凛は眠薬に誘われ、ねぼけ眼のままに……咲夜の話を聞いて、妙に納得した。

 ゴースト・マカブラ・カンパニーことGMC本社

 その部屋は、いかにも古風で重厚な雰囲気のテーブル、 コーヒーメーカーや湯沸かしポットなどが備えられている。アンティークの家具が組み合わされた部屋は、 落ち着いた雰囲気で荘厳な雰囲気を漂わせていた。
「失礼します」
 とドアが開かれる。
「報告致します」
 スーツ姿の若い男性は資料を片手に言葉を発した。
「永遠学園の卒業生、連続失踪事件、黒幕はナチス残党である可能性が高いです。また、先日入った情報によると、およそ一年前よりナチス残党が大神島を占拠、支配していた模様です」
「……戦後百年、2045年現在になって目覚め出したのか、業(カルマ)が」
 60を越える女が葉巻に火をつける。チチッとやや甲高い音と共に、葉巻の焔が吹き出し、静かに輝くオレンジ色のアークが生まれる。彼女は深く吸い込むと、ふぅぅーと紫煙を吐き出し、威圧感ある無表情で呟いた。
「ナチス第三帝国と大日本帝国。人狼計画と鬼(キ)一号作戦。ハンスことWere Wolf三世と殺志……そして永遠学園とMKウルトラ計画。先の大戦の業(カルマ)が、目覚めた」

つづく

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