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「うちの子が息をしていない」…


 初期研修医1年目のことであった。関連病院での当直明けの午前7時。病院の玄関に1人の男が立っていた。「うちの子が息をしていないんだ」

 男の連れてきた子は生後3ヶ月の赤ん坊。顔色は真っ青で、心肺停止状態であった。

 急いで玄関脇の救急室に運び込み、蘇生を開始した。気管内挿管し、点滴をした。私1人で気管内挿管したのは初めてだった。

 病院近くの社宅に住んでいる上司が雪をかき分け、到着した。看護師がコールして10分かからずに駆け付けたのだ。

 その頃には、子どもは自発呼吸こそないものの心拍を取り戻していた。頭部CTでは頭部に出血が認められた。上司は私が蘇生に成功したことを褒めたたえていた。まさに奇跡であった。

 全身管理が関連病院ではできないため、救急車に同乗し大学病院へと転送した。3日後、子どもは意識を戻さないまま息を引き取った。

 子どもには双子の弟がおり、重篤な代謝疾患や血液疾患があるかもしれないため、助教授が亡くなった子の剖検を提案したが、両親は頑なに拒否した。子どもが亡くなり意気消沈しているであろう両親に、それ以上強く言うことはできなかった。

 「虐待かもしれないな」


 そう助教授は聞こえるか聞こえないかの声で呟いていた。

何のために、あの兄弟は生まれてきたのか
 後日調査を行った結果、両親は20代前半の若い夫婦。子宝を授かり、非常に喜んでいた。健診にもいつも2人で訪れていたことが産科のカルテで分かった。

 男が連れてきた子が亡くなった4ヶ月後。亡くなった子の弟である、生後7か月の子が、心肺停止の状態で救急車にて運ばれてきた。

 たまたま大学病院で上司と当直していた私は、双子の兄が4ヶ月前に脳出血でなくなっていること、助教授が虐待を疑っていたことを上司に告げた。上司は救急車に飛び乗り、救急車内で死亡診断をした。すなわち病院で亡くなったのではなく、すでに家で死亡していた異状死であると診断したのだ。

 警察が介入することになり、剖検が行われた。全身の骨に骨折痕が見つかったのである。警察から報告された情報によると、両親は双子の育児の大変さに悩み、上の子を床に叩きつけて殺害したとのことであった。そのことを悔い続け、弟も殺害したのであった。

 生後3ヶ月の子どもの蘇生に成功し、いい気になった裏で、両親は子育てに悩んでいたのだ。

 双子の子どもたちは何のために生まれてきたのだろう。兄が亡くなった時に話を聞けば、弟の死は防げたのではないか…。自分の未熟さ、両親の苦悩を考えると今でも涙が出てしまうのである。

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