カズオ・イシグロ「夜想曲集」Kazuo Ishiguro:Bei Anbruch der Nacht
「夜想曲集~音楽と夕暮れをめぐる五つの物語」から「老歌手」
老歌手ガードナーが、新婚旅行の思い出の町であるヴェネツィアを夫婦で再び訪れる。27年間連れ添った妻リンディのため、<私>にギターの伴奏を頼み、バルコニーにいる妻に向かってヴェネツィア流にゴンドラに乗ってセレナーデを歌う物語。
とても甘美なシーンのようで、実は老ガードナーは歌手としての再起を図るため、妻と別れる算段なのだ。なので、愛の歌は別れのはなむけともいえるほろ苦いストーリー。
ギター演奏を頼まれた<私>は言う。
「まだわかりません、ガードナーさん。(略)昔から歌いつづけてきたあなたの歌が、世界中のー私の故郷のー人の心に訴えかけるのではありませんか。その歌はどう言っています?愛が冷めたのなら、悲しいですが二人は別れます。でも互いに愛し合っているなら、永遠に一緒にいるのではありませんか。どの歌もそう言っています」。
<私>の声は空しく、ガードナー夫妻は離婚した。まだ愛し合っていても大人には大人の事情があるのだろう。
曲は、ヴェネツィアのキラキラした水面に沿ってゴンドラが浮遊しているような、ショパンのピアノ「舟歌Op. 60」。大好きなクリスチャン・ツィメルマン の演奏で。
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