自分を責めてしまうあなたへ、はじめに

友人と昨日話をした。
彼には長く同棲を続けている彼女がいる。
しかしもう1年ほど前に恋愛関係は解消していて、用意が整い次第引っ越しをしてくれるようお願いしているという(もともと家は彼が借りたもので、家賃も彼が払っている)。
しかし彼女は彼への依存が激しく、別れ話になるとヒステリックになって自分を傷めつけたり死をほのめかしたりして、もう1年も彼の家に居座り続けているらしい。
彼も強く言えない性格なので、彼女を強制的に放り出すわけにもいかず、準備ができたらでいいから引っ越しをして欲しいと再三頼んでいるにも関わらず、1年経った今も行動を起こしてくれないため、もうこれ以上どうしたらいいか分からない、と困っているのだ。
彼は狭い部屋で毎日彼女からのプレッシャーを受けながら、仕事もしてゆかなければならず、また「別れ」という精神力のいる作業が長引いていることに大きなストレスを感じている。

彼の話を聞きながら、彼女が彼に与えているのはある意味では暴力である、ということを考えていた。
相手を自分に従わせよう、自分の言うことを聞かせようという暴力。
肉体的な暴力はもちろん辛いが、精神的に相手をコントロールすることは、直接手をあげるよりもよほど強く長く相手に傷を残す場合もある。
なぜなら、肉体的な限界の方が、精神的な限界よりも分かりやすいことが多いからだ。
肉体的暴力は大怪我などをして逃げるタイミングを見つけられることも多い。
しかし、精神的な暴力は感覚を麻痺させるし、日常化するとその暴力で繋がった関係こそに依存することになるので、逃げるタイミングを自分では見つけられなくなることが多いように思う。

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実は私にも、精神的暴力を受けていた経験がある。
何年か一緒にいた人との関係の中で、私はとても苦しんだ。
その人はお金のことにも、女性関係にもあまりきちんとした人ではなくて、そのうえ私のことをひどく束縛した。
自分がとても傷ついていたことに気づいたのも、自分に表れているのがPTSDの症状だということに気づいたのも、彼と別れてから2年も経ってからだった。
今はその人ともやっと関係を切り離し、フランスに来て状況を変えることができたこともあってすっかり元気だけど、昨日のような話を聞くと手が震えて止まらなくなる。奥歯を噛み締めていないとがたがた鳴るほどに震えてしまう。
私は彼に対して表面上は冷静にアドバイスをしながら、テーブルの下で自分の手をぎゅっと押さえつけていた。

彼の話を聞いていて引っかかったのは「自分にも非があるから」という言葉だ。
彼は、彼女をかばおうとして、それを何度も口にした。
それは私が何年もの間、自分を縛り付けていた言葉でもあった。

私は本来我慢強い性格で、あまり人に愚痴をこぼすこともないし、人を悪く言うのも好きじゃない。
感覚的な人間だが、客観性もあるので、自分だけの感情に溺れることもない。
どんなに親密であろうと相手のことを理解できるというおごりを持ちたくないと考えている。
相手には私の知り得ない事情があり、気持ちがあり、それに伴った行動がある。
その事情に不躾に立ち入ったり、相手を責めたりするより、まず自分を顧みる必要がある、と私はまず考える。
誰かとの関係が崩れたり問題が起きたりすると「自分にも非があったのではないか」と考えてなるべく相手を簡単に責めることはしたくない。
この性質は良いことを私にもたらすこともあるけれど、自分への刃になって斬りつけてくることもある。

「自分にも非があるから」という意識は、度を越すと自分の判断を狂わせることになる。
自分の感じている危険信号に気付きづらくなったり、相手に支配する隙を与えることになったりする。
判断能力を失うということは、自分を守るべき状況を判断できなくなるということだ。
つまり、暴力を暴力として認識できなくなり、その状況から逃れなければならないという判断ができなくなるということ。
そうすると暴力を奮っている側は、暴力を拒まないその人に対して、さらに行動をエスカレートさせてゆく。
こんなにひどいことをされているのは私が悪いからだ、とまた我慢を重ねる。
自分の価値を自分がないがしろにするようになる。
自分に価値を感じていない人間を、ひとは尊重することができない。
こうして負のサイクルが生まれる。

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本当は、辛い体験、ひどい話をインターネット上に書くのは好きじゃない。
なるべく楽しいことを書きたいんだけど(だって世の中にはすでに胸が塞ぐような話がすでにたくさんあるもの)、けれどもしかして、過去の私と同じようなことで苦しんで、抜け出せなくなっているひと、自分を責めて人知れず泣いているひとがいるんじゃないかと考えました。
私の体験は読んであまり楽しいものじゃないけれど、今の私がどうやって元気になっていったのか、どうやってその「自分にも非があるから」から抜け出して、自分のあるべき足元を取り戻したのか、そんなことをひとつの例として読んでもらえたらいいんじゃないかな、と思って書くことにしました。

とはいえ、これは「私の場合」であるので、そのように読んでください。
こういった暴力関係/依存関係には第三者、プロフェッショナルの方の介入が必要なこともあると思う。
そのことに対して私は、アドバイスもできないし、知識もないことをここにお断りしておきます。
ただ自分の体験から考えたことをここに書いてみたり、もし苦しんでいる方がいたら、お話を聞くことはできると思う。
(なので、コメントを頂いたら、お返事できるものにはお返事をしたいと思います)
また反対に「私はまだ大丈夫」と思っていても、自分ではもう抜け出せない沼の中にいるかもしれない。
このコラムを通じてそのことに気づく方がいらっしゃるかもしれない、という風にも考えたりしています。


とても長くなってしまいました。
そして「自分を責めてしまうあなたへ」なんて、まるで啓発本みたいなタイトル…なにか良いタイトルを思いついたら、変えると思います。

最後に、この連載は有料記事として連載してゆくつもりです。
(入国審査に失敗したこととか、大怪我をしてしまったこととか、私のごく個人的なことも書くことになるのであまり野ざらしにしたくない気持ちもあって)
ひとつの記事は100円ですが、大作になりそうなので、マガジンでまとめて読んで頂くとお得です。
マガジンの値段は、先着10名様は500円!!にしようと思います。
カフェしながら、ケーキが食べられるくらいの値段。

(追記:現在は1500円にさせていただいています【30 mar 2019】)

まだnoteでの読者のいない私の連載を読んでみよう!と思って下さる方は少ないと思いますが、連載を進めるうちに自分が何者なのかを考え、語ってゆくことになると思う。
また、どうして私がフランスで生きることを決めたのかにも関わってくるので、そのことを掘り下げてゆけることが自分でも楽しみな連載です。
どうぞご期待ください。

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連載を進めるうちに何故私がフランスで生きることを決めたのかにも関わってくるので、そのことを掘り下げてゆけることが自分でも楽しみな連載です。 読んでいただけたら嬉しいです。

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自分を責めてしまうあなたへ(仮)

いわゆるモラハラを受けていた過去の辛い時代について考えたことを書きました。今の私がどうやって元気になっていったのか、どうやって自分の足元を取り戻したのかについて書くつもりだったのですが、自分の傷を認識して整理するような場所になってしまった。でも、これを書き連ねることも大事だ...
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