【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第20話-春、修学旅行1日目〜旅立ち

 始発列車に集まる大勢の中学生。その群れに朝の早いサラリーマンたちは露骨に嫌な顔をした。いつもは静かな車内が今日は騒がしい。関西のベッドタウンからの修学旅行となると、特に定番のコースというものがなく、1日目は横浜の予定となった。今は学校に集合した生徒たちが揃って新幹線の駅へと向かっているのだった。
 京都駅。関西でなければ旅の目的地となるこの駅が、修学旅行の出発駅だった。ここから新横浜駅までの2時間弱。旅立ちの車内はきっと今よりも騒がしい。
「おい矢嶋!汚い顔で視界に入るな」
 楽しい旅行の乗り換えまでの合間に、この男ときたら…北村貴志の一言に舌打ちをして、矢島はホームの真ん中に寄る。その瞬間矢嶋のいた場所を駆け込み乗車のサラリーマンが通過した。サラリーマンが巻き起こした風で、矢嶋の髪がなびいている。もしぶつかっていたら結構な怪我をしていたかも知れない。などと本人が感謝できるかと言えば…。
「こりゃ、女の子になんて事言うの!」
 瑞穂が貴志の額に向けて空手チョップを繰り出した。そりゃそうだ。男女関係なく「汚い顔」は言ってはいけない。
「ま〜ったく、このネクラは…何をイライラしてんの?小魚食べてる?
 おばあちゃんが言ってたよ、無駄にイライラするのはカルシウム不足だって。」
 瑞穂がまくし立てている。あまりの剣幕に矢嶋の溜飲は下がったようで、また再び歩き出す。
「カルシウム不足でイライラするのは医学的に否定されてるぞ。おばあさんには悪いけど。
 不足分は自分の骨から血の方に補充されるらしい。」
 貴志が指摘する。その言葉に瑞穂が吹き出した。
「らしくないよね〜。いつもなら馬鹿とかつけるじゃん?もしかして、おばあちゃんに遠慮でもしてるの?」
 いない人には優しいらしい。それが瑞穂には可笑しくて仕方がないらしい。
 理美、矢嶋、瑞穂に続いて裕と貴志が後ろに控えて階段を登り始める。
「スカートの中、覗かないでよね」
 瑞穂が言うが、袴スタイルなので覗いても下着は見えない。あくまでもデリカシーの問題として注意する。
「見るわけないだろ」
 ため息と共に漏らす一言。その横で裕が瑞穂のお尻の形を目に焼き付けている。こちらは欲望が漏れるに漏れている。
 隼人はそれを尻目に早々と階段を登り終えていた。
 始発とは言え、さすがに観光拠点のターミナル駅には沢山の人が詰めかけている。新幹線乗り換え口をくぐり、まだ営業を開始していない駅弁売り場の前に整列していく。

 点呼を取るも人数が足りない。誰かを確かめる必要もなかった。貴志の班で最も目立つ男がいないのだから。あともう一人、巻き込まれたらしい。
「すまんすまん!弁当探してた!」
 裕…今空いてる売り場は改札の外だけだろ?わざわざ行ったのか?隼人も巻き込んで。
 貴志は頭を抱える。空手チョップが効いてきたわけではない。
「大丈夫、お前の分もあるぞ」
 そうじゃない。素が出そうになるから、やめてくれ。目線でそう訴えてみても、長過ぎる前髪で隠れて裕には見えてもいない。
 点呼を済ませて担任に報告する。学年全体を見ると、遅刻した者もいたが、郊外のダイヤは残酷だ。新幹線までの乗り換え時間をたっぷり30分取ったところで、追いついてこれるほど朝早くに電車は来ないのだ。
 遅れた生徒たちの引率役は点呼と並列して話し合われ、貴志のクラスの副担任が受け持つことになった。
 ここで修学旅行特有の、挨拶から始まる長い儀式が始まる。

 新幹線の3人掛け席を回転させて、班ごとに向き合って座る。窓側に矢嶋と隼人。中央に瑞穂と理美。通路側に裕と貴志が腰掛ける。ちなみに進行方向を向いているのが先に名前の挙がった方である。裕は動物的な勘が災いするのか、後ろ向きに進むとどうも酔いやすいらしい。
 席に着くと同時に、貴志がキャンプテーブルを組み立て始めて、裕がカード麻雀を準備する。
 新幹線と共に、お楽しみの時間が動き出すのであった。

「ねえ、北村くん」
 半荘の勝負をオーラスまでこなした頃、唐突に理美が話しかけてくる。
「悟志くんも、北村くんじゃない?」
 兄弟だからもちろん。貴志は頷きながら山から次のカードを引く。確認すると「白」。怪しいのでキープしようか…などと考える片手間で理美の声に耳を傾ける。
「呼び方がややこしいから、貴志くんって呼んで良い?」
 ぶはっ!給食の時間だったら牛乳のビームを発射していたであろう息の吹き方。麻雀に思考を取られ、予想できていなかった理美の一言に、手が滑って手札を落としてしまった。
「それ、ロンね。はい、大三元」
 すかさず宣言して理美が上がる。まさかこれを狙って、あのタイミングで?
 わなわなと貴志の手が震える。動物的な感性の裕と瑞穂。その裏を読みながら思考で追い詰める貴志と理美。勝負は拮抗していたが思わぬ形で決着がついた。
 最後の振込で理美が1位、ビリは貴志になったのだ。罰ゲームは1位がビリにひとつ命令できること。
「はい、決まりだね。貴志くん」
 理美が有無を言わせず罰ゲームの命令を下す。貴志は「合理的だからな」と遠回しの合意を返した。
「じゃあ私も貴志くんって呼んじゃお!」
 なぜか瑞穂も右に習えをする。隣の裕が一瞬感電したようにピクリと跳ねた。表情が固いのは今のところ貴志にしかバレていない。
「お前はだめだ」
 貴志が答えると、すねたように瑞穂が言い返す。
「なんでよ〜?私も勝ったんだから、いいじゃん」
 いやいやルール変わってるやないか!と、裕の顔が、百面相し始める。今日告白しようと息巻いている相手が、眼の前で他の男子を名前で呼ぼうなんて宣言したら気が気ではないだろう。しかしめげない。笑顔はオレのポーカーフェイスだ。
「じゃあオレも勝ったから、貴志くんって呼ぶね」
 おふざけの仮面を被って、語尾にハートマークがつきそうな声を上げる裕。
「気持ち悪いぞ」
 貴志と瑞穂のツッコミが見事にユニゾンし、4人が同時に笑う。
 窓側席ではお通夜のような空気を醸し出しながら、隼人と矢嶋が二人でリバーシ対決をしていた。
「なんで6人席で4人打ち麻雀を始めるんだよ!」
 麻雀を終えた貴志たちを振り返り、隼人が責め立てる。赤髪のヤンキースタイルのくせに涙目になっている。
「だって隼人、麻雀できないだろ?」
 逆になぜ、中学生なのに麻雀が打てるのだ?しかも理美まで。そう言いたげな隼人に、カード麻雀を片付けた貴志が声を掛ける。
「人生ゲームならあるぞ」
 最初からそっちで良かったのでは?と隼人の目元がチベットスナギツネのようになる。
「貴志くんのカバンって絶対に四次元の概念適用されてるよね」
 理美が呆れたように言った。確かにどうやって修学旅行の準備一式に加えて、キャンプテーブルと人生ゲームがカバンに収まるのか。全員の頭の上に疑問符が浮かんだ。
「スマホでモノポリーで良いんじゃないか?5人でもできるし」
 裕が提案し、全員がダウンロードを始める。誰も矢嶋が含まれていないことなど気づいてもいない。
 この班になったことを罰ゲームだと言い放ち、話し合いの場にほとんどいなかったせいで誰も彼女の存在を覚えていなかったのだ。
 いや、それなら隼人は誰とリバーシ対決をしてたのだ。
 そんな謎を置き去りにしながら新幹線は東へ東へと進んでいく。

 裕は瑞穂に、理美は貴志に思いの丈を伝えようとしている。その決戦の地横浜。そんな覚悟など知る由もなく新幹線は進んでいく。
 内心着かなきゃいいのに…などと思う裕の心すら、知る由もなく、進む。
 裕の覚悟を聞いて、静かに応援する貴志の心のように、新幹線は静かに揺れている。貴志への想いを断ち切るために、心に抱えたすべてをちゃんとぶつけよう…そんな理美の決意のように強く風を切って、車両はどんどんその地へと近づいていく。
 そして、新横浜駅到着が近いことを知らせるアナウンスが流れた。
 何も知らない瑞穂だけが満面の笑みで立ち上がる。隼人は知らない土地に挙動不審だ。
貴志たち3人はお互いの想いを胸に席を立つ。そして横浜の地に降り立った。

 それから遅れること30分。貴志と裕の初恋の人を乗せた新幹線も、新横浜駅に到着するのだった。

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