祝詞〜運の命ずるままに〜(1)
私は、どこか知らない場所にいた。
そう認識出来るくらいの知覚と知能を持ち合わせていた。
視覚が捉えるのはただただ白く広い空間。
聴覚が捉えるのは小さく何かが漏れ出すような音。
味覚が捉えるのは乾いた口蓋の張り付くような味。
嗅覚は何も捉えない。
そして感覚は・・・暑くも寒くも痛くもない。
ただ、身体の左側が妙に重かった。
ほんの数分前に目を覚まし、気怠くも何ともない身体を起こしてからずっと左側が重かった。引っ張られるというか、縛られると言うか、右側がまるで何も感じないだけに違和感が酷かった。
そう言えば目を覚ましてから真正面ばかり見て左右を見ていなかったことに気づき、私は首を動かした。
右側には・・・何もない。
正面と同じように何もない白い空間が広がっているだけだ。
左側には・・・人が倒れていた。
私は、とても驚いた。
恐らく、目を大きくひん剥いていたことだろう。
その人は二十歳くらいの男性だった。
黒い髪、細い顎、綺麗な曲線を描いた長い鼻、目は閉じているので形はわからないが瞼を見ているととても大きいことは想像がつく。白い衣服を着た身体はとても細い。筋肉なんてどこかに置いてきてしまったかのようだ。そして彼の右手は私の左手と繋がっていた。
握り合っているのではない。
繋がっているのだ。
炬燵から伸びるコードのように繋ぎ目もなく手の形すらなく、溶け合った様子もなく、最初からそのままだと言わんばかりに繋がっていた。
私は、彼の右手と繋がった自分の左手を持ち上げる。彼の右手も持ち上がる。
私は、右手で自分の左手を叩く。
痛い。
感覚がある。
次に男の人の右手を叩く。
痛い。
感覚が繋がっている。
ようやく私の心に狼狽が訪れた。
これは一体、どう言う状況だ?
私は、一体どうしてしまったんだ?
そこでようやく彼が目を覚ます。
瞼が震え、ゆっくりと目が開く。
彼の目と私の目が重なる。
やっぱり大きな、そして綺麗な目だ。
刃のように冷たいが、滑らかでそして優しい。
彼は、ゆっくりと身体を起こす。
「おはようございます〇〇様。ゆっくり眠ることは出来ましたか?」
そう言って彼は優しく微笑む。
その口調はまるで主従関係にあるかのように丁寧だ。
私は、彼の笑顔を見て自分の頬が赤らむのを感じた。
彼は、怪訝そうな表情を浮かべる。
「どうされました〇〇様?」
〇〇が何と言ってるのか聞き取れなかったが、それが私の名前か何かなのだろうと言うことは何となく分かった。
「貴方・・、私を知ってるの?」
私の質問に彼は、さらに表情を歪めて首を傾げる。
そして何かに気づいたように目を大きく開いて自分の身体を見て、そして繋がった私の左手と自分の右手を見る。
「・・・なるほど。そう言うことか」
彼は、大きな切長の目を細めて、唇を噛む。
どうやら何か分かったらしい。
「ねえ、何か分かったの?私は一体・・貴方は・・」
誰?と聞く前にカレが私の顔を見る。
その目があまりにも強く、凛々しいので思わず息を飲んでしまう。
「僕達は、攻撃を受けています」
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