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ジャノメ食堂へようこそ!第2話 初めての団欒(3)

「うわあ⁉︎」
 アケは、悲鳴を上げる。
 緑翼の少女は、そのまま上空へと舞い上がり、水の手に握られたアケも小判鮫のように張り付いて一緒に舞い上がる。
 足元の遥か下に草原が見える。
 緑翼の少女は、華奢な身体を右に左にと捻らせ、気持ち良さそうに空を遊泳する。水の手もそれに合わせて捻り、アケを揺らす。
 心地よい。でも、怖い。
「いた!」
 緑翼の少女は、嬉しそうに下を見る。
 緑翼の少女の視線の先には白兎と背中の燃えた猪が飛び跳ねて手を振っている。
「いっくよー!」
 緑翼の少女は、大きく翼を折りたたんで一気下降する。
 水の手に握られたアケもそれに続く。
 そのあまりの落下速度の速さにアケは顔の筋肉が震えるのを感じた。
 草原が近づく。
 このままではぶつかる!
 アケは、蛇の目を閉じる。
 しかし、緑翼の少女は、草原にぶつかる直前に翼を広げ、跳ね上がるように直角に舞い上がると空の上を一回転し、そのままゆっくりと地面に着地した。
 アケもそれに続いて直角に舞い上がり、一回転し、地面に着地した。
「とうちゃーく!」
 緑翼の少女は、万歳するように両翼を広げて微笑む。
 アケを握っていた水の手が消える。
 アケは、腰が抜けてその場にへたり込む。
「ぷぎい」
 猪がアケに近寄り、心配そうに大きな鼻を擦り付ける。
「派手なエスコートだね」
 白兎が高い声で呆れたように言う。
「大丈夫かい?ええっと・・」
「ジャノメです」
 アケは、猪に支えられながらゆっくりと立ち上がり、頭を下げる。
「変な名前よね」
 緑翼の少女は、唇を尖らせて言う。
「誰が付けたか知らないけどもっと可愛い名前にしてあげればいいのに」
 緑翼の少女の言葉にアケは、苦笑いで答える。
 本当の名前は・・ある。
 しかし、直ぐに別れることになる彼女達に答える必要はないし、答えたくない。
 もう名乗ることも呼ばれることもなくても。
「あっ私達の名前なんだけどあんたに発音することも聞き取ることも出来ないから適当に呼んで」
 緑翼の少女は、にっこりと微笑む。
「可愛い名前でお願いね」
 緑翼の少女に同意するように白兎は頷く。
「ところで王は?」
 緑翼の少女は、キョロキョロ辺りを見回す。
 アケもそう思っていた。
 黒狼は、どこに?
 彼がいないと目的が果たせない。
「獲物を仕留めに森に入っていったよ。直ぐに戻ると思う」
「そっか」
 緑翼の少女は、頷くとアケを見る。
「そんじゃ先食べちゃおうっか」
「えっ?」
 アケは、驚く。
 王が来る前に食べる?
「よろしいのですか?」
「いいの。いいの」
 緑翼の少女は、あっけらかんと答えるとアケの手を握ってぐいぐい引っ張る。見かけよりも強い力にアケはよろけながらも付いていく。
 土で固められただけの戸板の舟のような器の上に食べ物は直置きされていた。
 アケは、ぎょっと蛇の目を向く。
 それはなんとも野生味溢れる光景だった。
 締められたばかりの鱗の付いた川魚、土のついた芋類、地面から引っこ抜いたとしか思えない草、熟しきってない果物、そして得体の知れない山のように盛られた大量の黒い豆・・。
 アケは、思わず頬を引き攣る。
 緑翼の少女は、その場にしゃがみ込んで少しだけ赤く染まった林檎をとってアケに渡す。
「お腹空いたでしょ?食べよ」
 そう言って自分の分も取る。
 アケは、林檎を受け取る。恐らく青虫が食べたのか?所々に小さな穴が開いている。
 アケの本能が食べるのを嫌がるも緑翼の少女の無垢な笑顔を見ていると拒否出来ない。
「いただきます」
 アケは、意を決して林檎を齧る。
 緑翼の少女もそれを見て一緒に齧る。
 その瞬間。
「酸っぱい」
「すっぱ」
 アケと緑翼の少女は、同時に声を上げる。
 口に含んだ瞬間、酸味という名の暴力が口の中で暴れ回った。身も固く、歯が軋む。
 アケは、思わず吐き出しそうになったがはしたないと思い何とか飲み込む。
「これヤバいわ」
 緑翼の少女は、遠慮なく吐き出し、可愛らしく舌を出す。
「口直ししよ」
 そう言って芋を取り、指先で器用に土を払って口に運ぼうとする。
 その瞬間、アケの表情が青ざめ、緑翼の少女の手を叩く。
 芋が緑翼の少女の手を離れて地面に転がる。
 緑翼の少女は、アケの予期せぬ行動に驚くも柳眉を吊り上げて怒る。
「何すんのよ!」
 しかし、アケは緑翼の少女の話しを聞かずに転がった芋を拾う。
「これは毒です」
 アケの言葉に緑翼の少女は驚愕する。
 白兎も表情を変えずに赤目を震わせる。
「ここを見てください」
 アケは、芋の表面からニョキっと生えた白いものを指差す。
「これはジャガイモです。この芋の芽には毒が含まれていて食べると腹痛や頭痛、ひどいと痙攣を起こします」
 アケの言葉に緑翼の少女は目を丸くする。
「だからこれ食べるとお腹壊しやすかったのか!」
「・・・既に食べてたんですね・・・」
 アケは、がっくりと肩を落とす。
 せっかく未然に止めることが出来たと思ったのに・・。
「いや、ジャリジャリしてるけど美味しいからさ。それにお腹壊すといっても毎回じゃないし!」
 緑翼の少女は、あっけらかんと笑って髪を掻く。
 ジャガイモの芽をたくさん食べてその程度で済んでるのはやはり人間とは身体の構造が違うからなのか?
「でも、症状が出てるならやはり食べない方が良いと思います。今は大丈夫でも何があるか分かりませんし」
「そうなんだ・・・」
 アケは、がっくりと肩を落とす。
「これ美味しかったのになあ」
 未練がましそうにアケの手に握られたジャガイモを見る。
「芽を取ってちゃんと料理すれば問題ないですよ」
 アケが言うと緑翼の少女がきょとんっとする。
 アケは、意味が分からず顔を顰める。
「料理ってなに?」
 アケは、その言葉に雷を浴びたような衝撃を受ける。
 料理を・・知らない?
 アケは、恐る恐る白兎と猪を見ると表情こそ変わらないものの同じようにきょとんっとしている。
 本当に知らないのだ。
 黒く大きな影がアケ達を包む。
 二つの月のような黄金の双眸が見下ろす。
「王!」
 緑翼の少女が音もなく現れた黒狼を見て嬉しそうに笑う。
 アケも同じように見上げ、絶句する。
 夕日に照らされ、黒い体毛が燃えるように輝く金色の黒狼。
 その姿はあまりにも神々しく威厳を放っているぎその大きな口に咥えられたものを見てアケは頬を引き攣らせる。
 それは首の骨の折れた大きな鹿であった。
 既に絶命しており、ぐったりとしている。
「これはまた、見事なものを仕留めましたね!」
 白兎が目を輝かせて言う。
 その高い声も相まって本当に子どものようだ。
 黒狼は、口に咥えた鹿をそっと足元に置くと金色の双眸をアケに向ける。
「よく眠れたか?」
 アケは、最初、それが自分が聞かれているとは思わなかった。
 その声があまりにも労わりと優しさに満ちていたから。
「はっはい」
 アケは、身を固くして頭を下げる。
「私如きにお気遣い、感謝致します」
 黒狼は、身を固くして恐縮するアケを双眸を細めて見る。
「なら良い」
 そう言うと黒狼は、足元に置いた鹿に牙を立てる。
 アケは、驚き、蛇の目を丸くする。
 黒狼は、牙を器用に皮に引っ掛け、引きちぎる。
 血が飛び散り、赤い肉が露出する。
 アケは、あまりにも残虐な光景に一歩後ずさる。
 黒狼は、引きちぎった皮を吐き捨て、アケを見る。
「新鮮な肉だ」
 黒狼は、黄金の双眸を細める。
「好きなだけ食すがいい」
 アケは、黒狼の言葉の意味が分からず周りを見る。
 白兎も、猪もじっとこちらを見ている。
 むしろ王がこう言っているのに何で食べないの?といった雰囲気すら漂っている。
 ただ、緑翼の少女だけがアケの様子に気づき、そっと近寄って耳打ちする。
「ひょっとして・・これにも毒があるの?」
 あまりの見当違いな言葉にアケは恐怖を感じた。
 黒狼達がじっとアケを見る。
 その目には嫌がらせや蔑みといった負の感情はない。
 むしろ早く食べなさい、お腹空いてるでしょう?という労りが感じられた。
 アケは、困り、悩み、苦しんだ末、思い切って言葉を発した。
「あの・・・!」
 アケは、自分でも驚くくらい大きく声を上げる。
 四人は驚いて目を大きく開ける。
「お塩はありますか?」
「お・・しお?」
 白兎がつぶらな赤い目をぱりくりさせる。
「あとお鍋と包丁」
「お鍋?包丁?」
 緑翼の少女は、唇を丸くする。
 黒狼は、黄金の双眸でアケをじっと見る。
「ございますよ」
 背後から品のある美しい声が聞こえる。
 振り返ると離れた所にあったはずの青い尖り屋根の円柱の屋敷が背後に建っていた。
 アケは、想像もできなかった光景に固まる。
 ぽっかりと開いた扉のない玄関から何かがアーチを描いて投げられ、アケの足元に落ちる。
 塩と表に大きく書かれた麻袋。
 大きな真鍮の鍋。
 そして刃振りの大きな出刃包丁。
「何年か前の貢物で頂いたものです」
 絶世の美女、家精シルキーがマンチェアのスカートを摘んで優雅に頭を下げる。
「どうぞご自由に」
 家精シルキーは、誰もが頬を赤らめてしまうような美しい笑みを浮かべていう。
 アケも類に漏れずに頬を赤らめながら包丁を拾う。
 濡れたように滑らかな美しい包丁。
 これなら・・。
 アケは、唾を飲み込み決意する。
「私・・・料理します!」

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