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明〜ジャノメ姫と金色の黒狼〜 第8話 慈愛(2)

 突然の魔法陣の展開にカワセミ、ウグイス、オモチが警戒する。
 しかし、深緑の魔法陣は、展開したまま何の反応も起きない。
 アケは、蛇の目を顰めると大窓からコンコンッと叩く音が聞こえた。
 アケが蛇の目を向けると木の根と枝で編まれた2匹の猿が唐草色の大きな風呂敷を担いで立って、窓をノックしていた。
「すまないが開けてやってくれないか」
 青猿がアケを見て言う。
 アケは、言われた通りに窓を開けようとする、といつの間にかマンチェアを身に纏った金髪の美人が窓の前に立っていた。
「アヤメ」
 アケが彼女の名前を呟く。
「奥様は、お下がりください」
 アヤメは、妖艶とも言える笑みを浮かべて言うと、ツキに視線を送る。その視線がとても色っぽく、同性であるアケやウグイスも頬を赤らめ、青猿も目を瞠る。
 ツキは、黄金の双眸でその視線を受け止め、小さく頷いた。それを受けてアヤメは、美しい笑みを浮かべて、窓に手を掛ける。
 恐らく、アケの安全のために窓を開ける役を買って出て、主人の許しを得ただけなのだろうが、まるで長年連れ添って心の通じ合った恋人同士のような間にアケは唇を噛み、身体を震わせる。
 なんで、そう誤解を招く行動をするのかな、とウグイスはため息を吐いて額に手を当て、青猿は興味津々に3人の動向を見る。
 開かれた窓から2匹の猿が大きな風呂敷包みを担いで入ってくる。両手を大きく広げて揺らしながら入ってくるその様が子どもの頃に読んだ人を乗せる籠を運ぶ猿のように見えてとても可愛らしい。
 猿達は、居間リビングの中央に風呂敷を優しく置き、結び目を解く。
 熟れた甘い香りが部屋中に広がる。
 風呂敷の中から現れた物にアケは、蛇の目を輝かせる。
 そこから現れたのはたくさんの種類の色鮮やかな果物であった。
 アケは、思わず駆け寄って三日月のように反った黄色の果物を手にする。アズキも興味津々に覗き込む。
「バナナだよ」
 青猿がアケの背中に声を掛ける。
「見るのは初めてかい?」
 アケは、バナナを両手で大事そうに持ちながら頷く。
「その橙色の丸いのはマンゴー、ナスを大きくしたような黄色いのはパパイヤ、ワインのような色をした小さいのはマンゴスチンだ。みんなうちの国の特産品で歯がきゅっとなるくらい甘いぞ」
 青猿は、一通り説明し、ツキに向き直る。
 その顔からは笑みが消え、とても真摯な、遺言ある王の顔となる。
「本当は、ただの手土産のつもりだったんだが今は詫びとして納めてくれ。わたしが荒らしたところは丁寧に癒すし、事が治ったら正式に詫びを入れる」
 青猿は、目の前の料理を丁寧に避けると額をテーブルに頭を下げる。
「冷静に考えればお前が白蛇の国に味方なんて出来ないのなんて分かっているはずなのに頭が沸いてしまった。幼妻にも臣下達にも多大な迷惑をかけた。本当にすまない」
 青猿は、額をテーブルに付けて謝罪の言葉を述べる。
 ツキは、黄金の双眸を細めて青猿を見る。
 両手でソーサーごとコーヒーカップを持ち、コーヒーを一口飲む。
 アケは、バナナを握りしめたまま固唾を飲んで2人の動向を伺う。
 ツキは、小さく息を吐く。
「顔を上げよ」
 ツキは、音も立てずにカップとソーサーをテーブルに戻す。
「お前の詫びの気持ちはしっかりと受け取った」
 青猿は、ゆっくりと顔を上げる。
 その表情は、ほっとしたのか少し表情が緩んでいた。
「許してくれるのか?」
 ツキは、鼻で笑う。
「許すもなにも・・・」
 ツキは、黄金の双眸を左右に動かす。
 青猿も釣られて深緑の双眸を動かす。
 いつの間にか椅子から立ち上がったカワセミが果物に目を奪われ、尾羽を揺らしている。針金のようになり、弱々しくなったオモチまでよろけながら近づいて赤い目を向いて果物に釘付けになっている。
「臣下達がこんなにも虜にされたら納得せざる終えんだろう」
 ツキの言葉にカワセミとオモチは、我に帰り、頬を赤らめて席に座り直す。
「お前の国の臣下達ってこんなに食い意地張ってたか?」
 青猿が呆れて舌を巻く。
 ツキは、小さく笑って肩を竦める。
「アケが来てからだよ。食事というものは屈強な戦士でさえ屈服させるのだから大したものだ」
 ツキと青猿は、互いの双眸を見合わせ、そして笑った。
「とりあえず今のところはこれで手を打とう」
 ツキは、盃のようにコーヒカップを掲げる。
「お前達もそれで良いな」
「御意」
 カワセミとオモチは、右手を左肩に当てて頭を下げる。
 その様子を見てアケは、ほっと胸を撫で下ろす。
 仲直り出来て良かった・・と胸中で呟く。
「さすが王ですわね」
 いつの間にか近づいていたアヤメがアケの耳にそっと耳打ちする。
 アケは、耳たぶまで真っ赤にして振り返る。
 アヤメは、妖艶な笑みを浮かべてアケを見つめる。
「ど・・・どういうこと?」
 アケは、高鳴る胸と声が震えるのを抑えて言う。
 アヤメは、頬を釣り上げて含み笑いする。
「王は、敢えてあのような態度を取ることで皆の溜飲を下げたのです」
 アケは、意味が分からず蛇の目を顰める。
 アヤメは、人差し指を口の端に置く。
「王は、謝罪があろうとなかろうととっくに青猿様を許していたのです」
 その様子にアヤメは、くすりっと笑う。
「でも、臣下の皆様は違います。貴方を傷つけられ、苦しめられたことを許してないし、納得していない。それなのに協力すると言っても納得出来るはずはない。だから、王が青猿様を許したという形を取ることで皆を納得させたのですよ」
 アヤメは、口の端に置いた指を離してアケの柔らかい頬に触れ、アケの耳に唇を近づける。
「貴方の為に」
「ふえっ?」
 アケは、思わず間の抜けた声を上げる。
 アヤメは、面白そうに唇を釣り上げる。
「素晴らしい方に愛されて良かったですね。奥方様」
 アケは、頬を赤く染める。
 蛇の目と表情が湧き上がる嬉しさに輝く。
 ツキは、何も変わった様子を見せずにコーヒーを口に付ける。
 アヤメは、視線を動かす。
「お1人納得されていないようですが・・・」
 アケは、アヤメの視線を追う。
 ウグイスは、骨だけになった鶏の照り焼きを齧りながら青猿を睨んでいる。普段なら誰よりも早く果物に飛びつくはずなのに・・・。
「ウグイス・・・」
 アケは、小さく友達の名を口にする。

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