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大河ファンタジー小説『月獅』38         第3幕:第11章「禍の鎖」(3)

第1幕「ルチル」は、こちらから、どうぞ。
第2幕「隠された島」は、こちらから、どうぞ。
第3幕「迷宮」第10章「星夜見の塔」<全文>は、こちらから、どうぞ。
前話(37)は、こちらから、どうぞ。

第3幕「迷宮」

第11章「禍の鎖」(3)

<あらすじ>
(第2幕までのあらすじ)
レルム・ハン国エステ村領主の娘ルチルは「天卵」を宿し王宮から狙われ、白の森に助けを求める。白の森の王(白銀の大鹿)は「蝕」の期間にあるため力になれぬと、「隠された島」をめざすよう薦める。
「隠された島」でルチルは、ノアとディア親子と暮らす。天卵は双子でシエルとソラと名付ける。シエルの左手からグリフィンが生れるが、飛べず成長もしない。王宮の捜索隊が来島し、ルチルたちは島からの脱出を図るが、ソラがコンドルにさらわれ、嘆きの山が噴火した。

(前回までのあらすじ:舞台はレルム・ハン国の首都リンピア)
孤児のシキは、星夜見寮の星司長ラザールの養子となる。「天は朱の海に漂う」との星夜見がなされ、ダレン伯が探索に向かうことになった。王国の禍は2年前に王太子アランが、その半年後には3男ラムザが相次いで急逝したことに始まる。以来、王太子の空位が2年続き、王宮には不穏な権力争いの災禍が渦巻く。それを北のコーダ・ハン国と南のセラーノ・ソル国が狙う。

 白の森の尖端にあるカーボ岬から遥か南へくだった海域に、大小の島が夜空の星のごとく無数に点在するシアック諸島がある。セラーノ・ソル国はこのあまたの島を統べる海洋国家だ。かつてあたりの海を荒らしていた海賊を祖とする。東西より流れ込む暖流と寒流は、ここで不規則に点在する大小無数の島にぶつかり複雑な渦を巻く。魔の海域として知られる海が彼らの庭で、北のアトラン大陸(レルム・ハン国はここにある)と南のホリゾン大陸のあいだに横たわる海洋のほぼ全域を掌握していた。そのため南北の大陸間の交易はすべてセラーノ・ソルを介することになる。彼らは大小さまざまな船を操るが、特異なのは水棲馬すいせいばを飼いならしていることだろう。紡錘形の胴から細く長い首が伸び体躯は銀の鱗で覆われている。胴に鞍を置き、口に嵌めたハミから延びる手綱で操る。四脚から進化したひれは水流を流す無数の溝が刻まれていて、ひと掻きで数十メートルは進むといわれる。陸上の馬と大きさに差はないため小回りがきき俊敏であるだけでなく、潜水泳もできるため潜って敵船に近づき奇襲をかけるのを得意とする。水棲馬隊による奇襲は敵国に恐れられてきた。
 また彼らの操るタジン船は小型だが機動力にすぐれていた。海底の地形も複雑なこの海域では、嵐でなくともあちこちで潮流が渦をなし大型船はそれらに巻き込まれ座礁しやすい。彼らの水先案内なしでは魔の海を通過することはかなわない。タジンは攻撃力にもすぐれていた。
「あははは、見ろ。目先の通行料を惜しむからあのようになるのだ」
 セラーノ・ソルの関所を強行突破した大型船が水棲馬隊の猛追を振り切ろうとして渦潮に巻き込まれ、あっというまに小島の断崖に激突し破船したところだった。
 シアック諸島の中ほどにもっとも大きなセル島がある。二枚貝が開いたような形をしているこの島にセラーノ・ソルの都がある。島の西の片割れに小高い山があり、その山のいただきに山城を築いていた。
 一つに束ねた黒髪を潮風になびかせ、城の物見櫓で小柄な女が遠眼鏡をのぞいている。肌は陽に灼けて鞣し革のごとくつややかで、遠眼鏡をおろすと眼球の大きな目が現れた。鋭い光を放ち、島影をにらむ。
 矢を盛ったえびらを背に武装している近衛兵が両側に控える。海洋国家セラーノ・ソルを率いる女王セリダだ。
 セラーノ・ソルでは、代々女性が王位を継いできた。母なる海を守護するのが、女神セラーンであるからだった。女だからとなめてかかっては痛い目にあうというのがもっぱらの噂だ。なにしろ気性の荒い海の男どもを配下に御して君臨しているのだから。
 女王セリダはレルム・ハン国の南東端にあるスール村に目をつけていた。レルム・ハンの主たる交易港はスール村と王都リンピアにある。リンピアは星夜見ほしよみの塔からの見張りの目があるため、おかしな動きをみせれば即刻、開戦となるだろう。海洋民族である彼らは領土に対する執着は薄い。それよりも交易を有利に進め、富を得ることのほうに重きをおいていた。だから、レルム・ハンを征服しても意味がない。むしろ生かしてノルテ村の鉱石からあがる富を搾取したいだけだ。その足掛かりとして、スール村の商人たちを懐柔しようとしていた。
 セリダは足下の海をながめていた遠眼鏡をはるか北へと向ける。洋上の火山が爆発したのか。狼煙のろしのような朱がうすく雲間を縫って幾筋もあがっている。レルム・ハンはそのずっと北で、影すら見えない。そういえば、あのあたりに昔から「隠された島」と海の男どもが呼ぶ小島があったな。行きはあったのに帰りには忽然と姿を消し、別の航路で見かけるのだと。そんなばかなことがあるものか。北から錆色の雲が厚くなりはじめている。閃光が天の一角から短く、だが続けざまに走った。かなり遅れて微かな雷鳴がセリダの耳をかすめる。嵐が来るか。
「伝令じゃ。全船入り江に退避させよ。嵐が来るぞ」
 合図のほら貝が島から島へと響きわたった。

(to be continued)

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