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王冠をかけたアリバイ(4:最終話)<Ryéさん#特別企画 参加作品>

第1話は、こちらから、どうぞ。
前話(第3話)は、こちらから、どうぞ。

<あらすじ>
怪盗Old Friendを名乗る謎の人物から、王冠を奪うという予告状が、富豪のトインビーのもとに届く。予告時間の21時を回っても、王冠を収めたガラスケースに変化はない。ところが、猫がくわえていたメモには「愛するものと王冠は頂戴した」とあり、愛娘のアニスンが誘拐されたことが判明する。
娘を取り戻すため犯人の指示に従い、トインビーとロス市警のワーグマン、執事のサムスンが猫の後を追うと――。猫は屋敷の裏手にある執事の家に入っていった。

<登場人物>
トミー・リー・トインビー‥‥一代で財をなした富豪
ワーグマン副本部長‥‥ロス市警のナンバー2・王冠事件の指揮をとる
アニスン‥‥トインビーの一人娘・5歳
サムスン‥‥トインビー邸の執事
ジョアンナ‥執事サムスンの妻
アーチー‥‥トインビーのおさななじみ・怪盗Old Friend
シェリー‥‥アニスン(娘)の愛猫・犯人からのメモをくわえていた

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「王冠を盗んだ、だと?」
 ワーグマンの声が裏返る。
「犯行を認めるのか。正式な取り調べじゃないが、事と次第によっちゃ自供と捉えるぞ、いいのか」
「かまいませんよ。ただし、立件できればの話ですが」
 アーチーが涼しい顔で煽る。
「なんだと!」
 ワーグマンの眉間が引き攣れる。
「貴様、犯行時刻にはこの家に居たんだよな、どうやって屋敷の広間にある王冠を盗んだ? ここに居たというのが偽りか」
「いいえ、21時どころか、一通めの予告状を昼12時にお届けしてからずっと、このソファに座ってました。用をたしにトイレに行く以外は」
「それを証明できるのか?」
「あのカメラの映像を解析してください」
 ソファの向いの壁際に置かれているローボードを指さす。天板に小型カメラが設置されている。
「ソファの後ろのテレビ画面も映るようにセットしています。ニュースチャンネルを流しているので、今日の画像かどうかわかるはずです」
「アリバイは完璧というわけか」
 ワーグマンが唇をゆがめる。
「立っていては疲れるでしょう、まあ、お掛けください」
 ワーグマンの睨みなど無頓着に、アーチーはまるで自宅に招いた客に席をすすめるような気軽さでいう。
 そうだ、こいつはいつでもマイペースだったとトインビーは思い出す。
「俺たちは犯行予告時刻1時間前の20時から、王冠のガラスケースに張り付いてた。だが、ケースに近寄る者もなく、銃撃も爆発も何も起こらなかった。ケースは無傷で、王冠は依然として防弾ガラスに守られてケース内にあった。そうだな、トインビーさん」
 ワーグマンはトインビーに同意を求める。
「はい。2通めのメモに従い猫を追いかける前に、王冠の無事を確認してから金庫に格納しました。精巧なレプリカとすり替えられていたら、私は宝石鑑定人ではないのでわかりませんが」
「その可能性はあるな。予告時間より前の、前日に王冠をすり替えておいた、違うか?」
 トインビーが指摘した可能性についてワーグマンが問う。
「いいえ。王冠は本日の21時ぴったりに頂戴しました。そんなアンフェアなことはしませんよ。予告状を出す意味がないじゃないですか」
 アーチーは眼鏡のブリッジを人差し指で上げる。
「だったら、盗んだ王冠はどこにあるってんだ」
 ワーグマンのこめかみに浮いた青筋は、今にも切れそうだ。
「そのテーブルの上に」
「バカにするのもいい加減にしろ。テーブルにあるのは灰皿とマッチ箱だけじゃねえか。透明マントでもかぶせてるってのか」
「やれやれ。もう少し声量を下げていただけませんかね。アニスンがすっかり怯えているじゃありませんか」
 アニスンは父親の胸に顔をうずめ、シャツをぎゅっと握っていた。
 トインビーはアニスンの背を撫でながら、リビングテーブルの上に目をやる。ガラスの灰皿と色褪せた古いマッチ箱が一つあるだけだ。王冠は直径も高さも7インチはある。そんな大きなものはテーブルにはない。何か視覚的な仕掛けをしているのか。アーチーならあり得る。アニスンを抱えたまま、腕をテーブルの上部に平行に滑らせてみた。何もないか。マッチ箱がシャツの袖にあたって床に落ちた。その拍子に中箱がスライドした。
 中にはマッチではなく、コロナビールの王冠が一つ入っていた。
 黒地に白抜きで<Corona Extra>のレタリングに王冠マーク。
 トインビーは、はっと顔をあげてアーチーを見る。
「ぼくたちにとっての王冠は、それだろ。忘れたのか、あの日の誓いを」
 アーチーはポケットから、もう一つ中央がへこんだ王冠を取り出しテーブルに置く。
 そうだ、あの日、俺たちはコロナビールの王冠を永遠の友情の証として互いに一つずつ持ち帰った。
 アーチーは予告状の写しを王冠の隣に並べる。

8月31日21時00分。
貴殿のたいせつな思い出の王冠をいただく。
                          怪盗Old Friend

「ヒントを二つ仕掛けた。<思い出>と<Old Friend>の二つだ。あの日のコロナビールの王冠だと気づいたら、計画は中止しようと思ってた。富では手に入らない価値を覚えているなら、強硬手段をとらなくても、アニスンのかけがえのなさに気づいてくれるだろうから」
 ああ、そうだな。俺は金庫に保管している王冠しか頭になかったよ。富と名声の証の王冠しか。必死で社会の階段を駆け上るうちに、たいせつなものを振り落としてきた。「王族を気取るとは、なんて下品な」いくら富を築きあげたところで、蔑みの声は消えず、張りぼての名声は空虚に響く。
 トインビーはコロナビールの王冠を掌にのせ、<Corona Extra>の文字を見つめる。俺たちにとっての「特別」は、ここにあったのに。
「パパ、これはなあに?」
 アニスンが直径27mmの王冠に手を伸ばす。
「これはパパとアーチーおじさんの思い出のボトルクラウンだ。コロナはラテン語で『王冠』のことだよ。コロナビールは王冠のビールなんだ」
 まだよくわからないのだろう、アニスンはきょとんとしている。
「ちょっとだけうれしかったんだぜ。そいつを捨てずに持っててくれたことが。といっても保管してることは忘れてたみたいだがな」
 アーチーが眼鏡の奥で、またにやりとする。
「これは、どこにあった?」
「おまえの書斎の本棚だ。お絵描きコンピューターで賞をもらっただろ。その盾の足もとに置いてあったのをサムスンが思い出した」
 トインビーは実直な執事に目をやる。
「旦那様の寝室と書斎の掃除は、私の務めでございます。何年か前に盾の埃を払っていて、小箱を落としてしまいビールの王冠が転がり出ました。すぐさまマッチ箱に戻し、もとどおり盾の横に。これは旦那様にとっての思い出のお品なのだと拝察いたしました」
 富を得てよかったことがあるとすれば、サムスンのような執事を得たことだろう。

「もう一つわからんことがある」
 王冠がコロナビールの蓋だったのはしてやられたが、と悔しそうに言いながらワーグマンは憮然と尋ねる。すでにボストンたち捜査員は警備の数名を残して撤収させている。
「書斎にあったコロナビールの王冠を、100ヤード近く離れてるこの家にいながら、どうやって21時きっかりに盗み出せたんだ」
「ああ、それはですね」
 にゃあ。
 ちょうどそのとき、リビングの扉の隙間からベンガル猫が姿を現した。
「シェリー」
 アニスンが呼ぶと、アニスンの膝の上に跳びのる。
「シェリーって猫は、そいつじゃないのか」
 ワーグマンはアーチーの足もとでうずくまっている猫を指さす。
「本物のシェリーは、そっち。これはペット用AIロボットの試作品です」
 アーチーがソファの隅からコントローラを取り出し操作すると、足もとでうずくまっていた猫が立ち上がり、ワーグマンの足にすり寄る。
「ロボットだって?」
 ワーグマンが目を瞠る。
「そう。そして、こいつが書斎から王冠を盗み、あなたたちをここへ案内しました」
「おかしいと思ってたんだ。犬ならまだしも、気ままな猫がどうして犯人の指示どおりに俺たちを導けるのかってな。それにしても、本物そっくりじゃねえか」
「シェリーは賢い猫ですが、こちらの思いどおりに動いてくれるとはかぎりません。私はロボットの開発者です。主にペットロボットや災害救助ロボットを開発しています。犬では入れない瓦礫の隙間も猫なら入れる可能性が増える。そんなわけで猫型ロボットを開発中だったので、試作品をベンガル猫仕様に変えました。目にカメラを埋め込んでいます。ぼくはここでコントローラーを操作し、21時に書斎から王冠を盗んで猫の口に隠して運び、帰ってきた猫の口に2通めのメモを挟んでサムスンのもとへと向かわせました」
 アーチーのあざやかすぎる手口にワーグマンは呆然とし、「やるじゃねえか」と低くうなった。
「なあ、アーチー」
 トインビーがアーチーに視線を据える。
「きみはなぜここにいる。二十年以上、互いに音信不通だった。初めからこの計画のために来たのか」
「違うよ。コロナビールを一杯飲めればよかったんだ」
 アーチーが小さくため息をはく。
「トビーにはずっと会いたかった。けど、きみは成功すればするほど、遠い存在になった。下手に訪ねて、金の無心に来たと思われるのはまっぴらごめんだったから、諦めていたよ、もう友情を取り戻すことはできないと。だが、去年、奥さんを亡くしたことを人づてに聞いて思い直した。ぼくも5年前に妻を亡くしてる。喪失の寂しさはじわじわと効いてくる。昔の友人として、同じ寂しさを分かつ者として、ビール一杯ぶんくらいの慰めはできるんじゃないかと思ったんだ。奥さんの一周忌の十日前に長期休暇をとった。門前払いは覚悟してたから、子どものころの写真を山のように持参してさ」
 はは、と苦笑する。
「根負けしたサムスンが控室に通してくれた。ぼくは今、日本のオリガミにはまっててね。控室できみを待ちながらオリガミを折ってたら、アニスンがのぞいてた。ウサギやリスを折ってあげたら喜んでさ。夕飯をいっしょに食べてほしい、泊ってほしいとお願いされたんだ。トビーに会えるまで毎日通う覚悟でいたからオーケーした」
 きゅっと口を引き結び、トインビーを凝視する。
「驚いたよ。きみはちっとも帰ってこず、アニスンは毎夜、執事の家で寝ているというじゃないか。それで、こんな計画を立てた」
 アーチーは姿勢をただす。
「悪かったよ、トビー。きみの気持ちを秤にかけて、恐怖に陥れた。気づいてほしかったんだ。きみにはまだアニスンがいることを。彼女の寂しさに気づいてほしかった。アニスンこそが宝なんだと。それで誘拐事件をでっちあげた。すまなかった」
「アーチー、頭をあげてくれ。礼をいうのは俺だ」
 トインビーはこみあげてくる熱いものをぐっとこらえる。富豪と呼ばれるようになってから忘れていた確かな形のある熱の塊だ。古びたガレージにはいつもあった。 
「アニスン、おじさんの言ったとおり、お空のママが『パパのお迎え』を実現してくれただろ。よかったな」
「うん」
 アニスンは大きくうなずいて、下からトインビーを見あげ笑う。

「事件の全容はこれですべてです。警察を巻き込んでしまったから、覚悟はできていますよ。公務執行妨害か脅迫罪になりますかね」
 アーチーがワーグマンに問いかける。 
「お待ちください」
 執事のサムスンが沈着冷静さをかなぐり捨て、背後のソファから必死の形相でワーグマンの前へ出る。
「オブライエン様は、私どものために計画してくださったのです。旦那様の目を覚まし、お嬢様に向き合っていただくことができなかった。屋敷をまとめるべき執事の私の至らなさが、今回の騒動を引き起こしました。逮捕するなら、どうか、私を」
「いや、私を」「私もです」「どうか俺を」
 使用人たちが次つぎに名乗りをあげる。
「そもそも私のふがいなさが巻き起こしたんだ。責任は私にある」
 トインビーが手錠をかけやすいように両掌を合わせて、ワーグマンの前に腕をさしだす。 
「トインビーさん、あんたまで」
 ワーグマンはぼりぼりと剃り残しのある頬を掻き、苦笑する。
「皆さん、落ち着いてくれ。お嬢さんは自分で歩いてこの家に来た。それも、ここ一年の毎晩の習慣に従ってだ。そんなのは、屋敷の食堂から3階の自室に向かうのとおんなしだ。誘拐事件になりゃせん。
 それに盗まれたのは、数百万ドルの宝冠じゃなく、ビール瓶の王冠。ふつうはゴミとして処分されるもんだ。コレクターはいるが高額はついてねえし、こんなへこんだ王冠、コレクション品にはならんだろ。
 おまけに、オブライエンさんにはこの部屋から一歩も出ていないという完璧なアリバイもある。こんなのを、あんた方はどうやって事件にしろとほざく。警察も忙しい。たいがいにしてくれ」
 ワーグマンは悪態をついているように見せかけ、事件にしないことを保証した。もっとも事件にできないというのは本音だろう。

(しっかし、最初から最後まで、忌々しい。こんな素人同然のトリックにひっかかるとはな。俺ももうろくしたか)
 ワーグマンは内心で自分に毒づく。
 よく考えれば、いくつも小さなヒントがあった。思い込みほど恐ろしいものはない。アリバイは「どこか他の場所」が原義だときいた。そういう意味でも、彼の「アリバイ」は完璧だった。現場には一歩も足を踏み入れず、他の場所からやり遂げたのだから。
 ワーグマンは大きく伸びをする。ああ、完敗だ。
 署に帰ったら王冠の名のビールで、頭の錆びを流すとするか。ライムはあったかな。
 

(Happy End)
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