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大河ファンタジー小説『月獅』46         第3幕:第12章「忘れられた王子」(4)

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第3幕「迷宮」

第12章「忘れられた王子」(4)

<あらすじ>
天卵を宿したルチルは王宮から狙われ「白の森」に助けを求めるが、白の森の王(白銀の大鹿)は「隠された島」をめざすよう薦める。そこでノアとディア親子に出会う。天卵は双子でシエルとソラと名付ける。シエルの左手から孵ったグリフィン飛べず成長もしない。王宮の捜索隊が来島し、ルチルたちは島からの脱出を図るが、ソラがコンドルにさらわれ「嘆きの山」が噴火した。
レルム・ハン国の王宮では不穏な権力闘争が渦巻いている。王国の禍は2年前に王太子アランが、その半年後に3男ラムザが相次いで急逝したことに始まる。王太子の空位が2年続き、妾腹の第2王子カイルを擁立する派と、王妃の末息子第4王子のキリト派と王宮を二分する権力闘争が水面下で進行していた。それを北のコーダ・ハン国と南のセラーノ・ソル国が狙っている。

<登場人物>
サユラ‥‥‥貴嬪、カイルとカヤ姫の母
カイル‥‥‥レルム・ハン国の第二王子、貴嬪サユラ妃の長男
カヤ‥‥‥‥カイルの妹宮、レルム・ハン国の第二王女
エスミ‥‥‥サユラの侍女頭、侯爵家から付き従ってきた
ウル王‥‥‥レルム・ハン国の王
アカナ‥‥‥淑嬪、オリとマナ王女たちの母
オリ‥‥‥‥レルム・ハン国の第一王女
マナ‥‥‥‥レルム・ハン国の第三王女
翡翠宮‥‥‥サユラ母子の宮
玻璃宮‥‥‥アカナ母子の宮
真珠宮‥‥‥王妃の宮

 四年後に産んだ子が姫とわかると、産褥の床でサユラは安堵の涙をこぼした。
 カイルに対する裏返しだったのかもしれない。いずれ他国へ嫁ぐのだからと、多少のことには目をつぶって甘やかしたからであろうか、妹姫のカヤは自由奔放に育った。木に登っては落ちる、池の亀に指を噛まれる、雨の庭に走り出て泥まみれになる。カイルよりもカヤのほうがおのこのようであるな、とサユラは笑った。
 カイルはそんな妹姫をかわいがった。カヤもまた兄宮を慕った。
 カイルは母の言いつけを守り宮の外に出ることはなかったが、カヤは頻繁に脱走をはかった。行く先はたいてい玻璃宮だった。
 翡翠宮と玻璃宮は、観月台をはさんで井桁のように隣り合っていた。サユラとアカナは名門貴族家からの入内じゅだいと出自が似通っている気安さから、互いを茶に招くことがあった。むろん真珠宮のご不興を買わぬ程度にではあったが。アカナの御子みこは姫宮ふたりだったため、あるとき「カヤ姫様もごいっしょに」と誘いを受けた。アカナ妃の一の姫オリは、カヤよりも一つ年嵩の五歳、妹のマナ姫は一つ下の三歳であった。カヤは一度に姉と妹ができたごとく、たいそう喜んだ。翌日から「次はいつ玻璃宮に行くのだ」とせがむ。「そのうちに」とか「またお誘いがあれば」とかわしていたが、カヤの行動力をサユラもエスミもみくびっていた。
「も、も、申し訳ございません」
 カヤの乳母が血相を変え、姫様の姿が見当たりませんと訴えた。午睡からお起こし申しあげようと寝台をうかがうともぬけの殻であったと。
「どこぞでかくれんぼでもしておるのであろう、いつものことじゃ」
 と取り合わなかったが、傍らにいたカイルが
「母上、カヤは玻璃宮にまいったのではありませんか」という。
 まさか、とサユラは思った。宮と宮を結ぶ回廊の出入り口には宦官かんがんの門衛もいる。姫が出ようとすれば止めるであろうが、念のために遣いを走らせた。オリ姫の寝台でふたりが手をつないで寝息を立てていて、玻璃宮でもひと騒動になっていた。

「母上、こちらへ」とカイルが庭の隅にいざなう。
 土塀の下から不意に何かが飛び出した。カイルの飼い猫のシュリだ。古くなった土塀が崩れ、猫の往来に十分な穴が開いていた。よく見ると穴の下の土がえぐるように掘られている。傍らには土のこびりついた陶器の欠片かけらが転がっていた。
「もしや、カヤはここから」
 振り返るとカイルがうなずく。その足もとでシュリも肯定するように尻尾をばたつかせる。無理やり通ったのであろう。穴の口に引きちぎれた薄紅の絹の切れ端が落ちていた。
「オリ姫の寝台に泥まみれで忍び込んだか。さぞかし驚かれたであろうな」
 常に背を正して座しているオリ姫の困惑する様を思い浮かべ、サユラは嘆息した。
「穴はすぐに塞がせます」侍女がいうとカイルが、
「ここを塞いでも、カヤはまた別の抜け穴を見つけるでしょう。木登りも得意になりました。木に登って塀を超えようとするやもしれません」
「そうであろうな」サユラは塀の上の空を見あげる。
「週に一度、玻璃宮にお連れ申し上げるようにいたしましょう」
 エスミが提案するも、カイルは即座に異を唱えた。
「それではカヤを満足させられません。また脱走いたします」
 皆の目がいっせいに八歳のカイルに集まる。
「カヤはお姫様の物語よりも冒険譚を好みます。万難を排してたどりつく冒険がしたいのです」
「なんとまあ、困ったことよのう」
 甘やかしすぎたか、とサユラは眉をしかめる。
「母上、吾にお任せいただけませんか」
「なんといたす」
「トビモグラに力を貸してもらいます」
 トビモグラにトンネルを掘らせ、地下道をつたって通わせたらいかがか、という。トビモグラたちのねぐらとは別に掘らせれば、カヤが迷子になることも、別の場所へ遠征することもできない。専用の地下通路であるから、人目にふれることもなくカヤがさらわれる心配もない。これならばカヤの冒険心も満たせると思うのです、と。
 これが八歳の子の知恵であろうか。滔々と理を分けて説く子を見つめ、ただの貴族の家に生まれておれば官吏として知略を存分に活かす道もあったであろうに、とサユラは瞼をおさえる。
「この計画に母上もエスミも」と周囲を見渡す。
「皆も、気づいていないふりをしていただきたいのです。あくまで、吾とカヤが秘密で立てた策と素知らぬふりをしてください。玻璃宮にもそのようにふるまっていただくようお願いしていただけませんか」
「相わかった。アカナ殿には妾から頼もう。皆もどうか吾子たちの遊びに付き合ってたもれ」

(to be continued)

第47話に続く。

 

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