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大河ファンタジー小説『月獅』35     第3幕:第10章「星夜見の塔」(4)

第1幕「ルチル」は、こちらから、どうぞ。
第2幕「隠された島」は、こちらから、どうぞ。
前話(34)は、こちらから、どうぞ。

天、裁定の矢を放つ。
光、清き乙女に宿りて天卵となす。
孵りしものは、混沌なり、統べる者なり。
正しき導きにはごととなり、
悪しきいざないには禍玉まがたまとならむ。 

『黎明の書』「巻1 月獅珀伝」より跋

第3幕「迷宮」

第10章「星夜見の塔」(4)

<あらすじ>
(第2幕までのあらすじ)
レルム・ハン国エステ村領主の娘ルチルは「天卵」を宿し王宮から狙われ、白の森に助けを求める。白の森の王(白銀の大鹿)は「蝕」の期間にあるため力になれぬと、「隠された島」をめざすよう薦める。
「隠された島」でルチルは、ノアとディア親子と暮らす。天卵は双子でシエルとソラと名付ける。シエルの左手からグリフィンが生れるが、飛べず成長もしない。王宮の捜索隊が来島し、ルチルたちは島からの脱出を図るが、ソラがコンドルにさらわれ、嘆きの山が噴火した。

(前回のあらすじ:舞台はレルム・ハン国の首都リンピア)
孤児となったシキは、星夜見寮の星司長ラザールの養子となる。シキはラザールから星占を教わり才能を示す。思春期を迎えたシキは、女であることが露見することを恐れていた。

<登場人物>
シキ‥‥‥‥孤児・少女だが男装している
ラザール‥‥レルム・ハン国星夜見寮の星司長・シキの養親
コヨミ‥‥‥幼くして亡くなったラザールの息子
エランダ‥‥月夜見寮の月司長
ダレン伯‥‥内務大臣・「隠された島」へ天卵の捜索に向かう

 シキは銀水の手桶を提げて星のみちをたどりながら蒼く沈む空を見あげる。十日前に耳にした、星夜見士ほしよみしのダンさんとロイさんの会話がずっと気になっている。
 シキはラザールから頼まれた書類の整理をしていた。ふたりは窓辺にもたれアチャの実茶を啜りながら話していた。
「ここんところ、レイブンカラスどもが塔のまわりをうろついてないか」
「俺も気になってた。月夜見つきよみのやつらがまた何か企んで、カラスに偵察させてるんじゃないか」
「ちっ、相変わらず汚ねえな、月夜見は。レイブン隊も二年前の、天卵は海に沈んだっていう報告の真偽で窮地に立たされてるからな」
「そりゃそうさ、星占に出ちまったからな。『天はあけの海に漂う』って」
「エステ村領主の娘だったか、天卵を産んだのは」
「ああ。領主のイヴァン殿がまた巽の櫓に幽閉されたらしいぞ」
「お気の毒なことだ」
 天卵の伝説は、文字を習いはじめたころに『黎明の書』を素読して知った。その三年後に伝説と信じられていた天卵をエステ村の少女が産んだと聞いて驚いた。少し前に星が四つ流れ、星夜見寮は騒然となったから覚えている。あのときもラザール様はここ数日のように、幾日も星夜見の塔に籠られていた。レイブン隊が天卵と少女の追跡に向かったと知ると、早馬でも二日はかかる西の果ての白の森の方角を眺め、「なんと愚かなことを」とこぼされた。傾きかけた陽がその裾足を塔の内部に伸ばしラザールの横顔に翳を落としていた。
 なぜラザール様が「愚かなこと」とおっしゃったのかわからなかった。けれども、領主のお嬢様でも星が宿っただけで運命が激変することがあるのか、星とは何なのかと思ったことは覚えている。
「星占はさまざまなことを予見してくれる。だが、その予見をどう扱うかは人しだいなのだよ。よく心得ておきなさい」
 星占に現れたことは絶対だとシキは思っていた。そうではないのだろうか。
 そういえば、「天はあけの海に漂う」という星占をなしたのは副星司長ふくせいしちょうのオニキスが当直の夜だった。重大な星占が出たと明朝、一番鶏が時を告げるのも待たずに王宮に奏上され、宮殿は蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。登庁直前に報告を受けたラザールは、卜占の内容とそれがすでに王宮に奏上されたことを知り、こめかみを押さえ天井を仰いだ。「なぜ奏上前にひと言相談を……愚かな」と聞き取れぬほどの声でつぶやいたのをシキは耳にした。「急ぎ、出廷する」と言いおいて、ラザールはすでに多くの貴族が衆愚となり騒ぎ立てている御前会議の広間へ駆けつけたのであった。
 ラザールはオニキスを探した。だが、広間に足を踏み入れるやいなや貴族たちに囲まれた。口々に星占の意味を問う。「あけの海に漂うとはどういうことなのか」「天とは天卵のことを指すのか」と。適当にあしらいながら、きらびやかな衣装のあいまを縫って……オニキスを見つけた。
 広間の中ほどで十重二十重に取り囲まれ、蒼い士服の腕を大きく広げ、口角をあげ大仰に星占について演説していた。東雲しののめの光が彼の顔を紅潮させている。国を揺るがすほどの卜占をなし、得意の絶頂にいるのだろう。愚かなことだ。己の手柄よりも、国の行く末を深慮せねばならぬのに。
 オニキスはあからさまな野心家だった。ユイマール男爵家の四男に生まれたオニキスに爵位を継ぐ順が回ってくる希望などなかった。養子の口を探すよりも自らの力で生きていく道を選択し星夜見士をめざした。家柄にあぐらを搔いている兄たちを馬鹿にし、ゆくゆくは季夜見府こよみのふの大臣になると公言して憚らなかった。
 ラザールは星司長の座になんの未練もこだわりもなく、オニキスに譲ってもよかった。だが、オニキスの出世や権力に対する露骨さが、よくない輩につけいらせる隙になり、ひいては星夜見寮ほしよみりょうを揺るがす事態を招きかねぬとの懸念を払拭できずにいた。今朝のように手柄に逸るあまり軽率なふるまいをするところも往々にしてあった。オニキスは左の副星司長だが、五歳年若の右の副星司長のルアンは実直で思慮深く、ラザールはオニキスよりもルアンに期待していた。かといってオニキスを飛び越しルアンを次の星司長に指名すれば、ルアンに執拗な嫌がらせや報復を図ることは火を見るよりも明らかであり、不穏な星の動きの頻発するいま、よけいな騒動を引き起こす火種を巻くわけにはいかなかった。
 ラザールは広間を見渡す。大理石の柱の陰にエランダと月夜見寮のものたちがかたまり、得意満面のオニキスを苦々しげに見つめ、あたりを窺いひそひそと話している。薄く開いた窓からレイブンカラスが一羽ひそりと忍び入ると、月夜見のものたちが背に隠した。それを偶然目にとめたラザールは不穏なものを感じ、眉をひそめる。
 銅鑼どらが国王ウルの登壇を告げた。玉座に向かっていっせいに跪拝する。
 ラザールはもっとも末席に控えた。オニキスが滔々と卜占について披瀝し終えると、「天卵は海に沈んだのではなかったのか」「レイブン隊の報告は偽りだったのか」「天卵と娘を逃したのではないか」「大いにありえますな」「カラスは信用ならぬ」「虚偽罪を問えるのでは」「王に対する反逆罪ですぞ」レイブン隊を非難する声が轟々と飛び交った。
 隊長のクロウを引っ立てるべきとの声が一段と高くなったとき、黒い鳥が一羽すーっと音もなく広間にすべりこみ、誰に気づかれることもなく玉座の前に舞い降りた。その不気味さに一同がぎょっとして口をつぐむ。 
 クロウは翼を広げオニキスを睨み、「その星夜見は確かなのですかな」とすごんだ。小さき鳥ではあるが全身から場を圧する迫力がみなぎっていた。たじろぐオニキスを認めると末席からラザールが進み出た。
「ご不信はごもっとも。国の命運に関わる卜占。念には念を入れ今一度、やり直しをいたしましょう」
 ラザールはレイブン隊の行動のすべてを認めているわけではない。だが、きらびやかな衣装をまとって居並び、口先だけで責任のなすりつけ合いをする貴族どもよりも、ずっと彼らのほうが国のために働いている。国の行方を祈り卜占をなす季夜見府こよみのふと、めざすものや手段が異なり相容れないことがあろうとも、国のために働いているという一点において近しいものを感じていた。そうはいっても、此度こたびのことでレイブン隊が星夜見に恨みを抱いたことは想像がつく。気をつけねばなるまい。
 その後も形だけの議論は紛糾したが、辺境警備軍の派遣が妥当であろうというところに落ち着いた。辺境警備軍を統括する内務大臣のダレン伯が妙に乗り気であったことも後押しした。
 散会するころには昼をとうに回っていたが、その間、王はひと言も発しなかった。
「陛下の忠実なるしもべであるこのアーシー・ダレンが、我が身命を賭して必ずや陛下のために禍の種を摘んでまいりましょう」
 でっぷりと太った体躯を揺らしながら両手を広げて己を誇示すると、胸の前で手を組んでこうべを垂れ恭しく跪拝した。道化の演技さながらの大仰な所作に、ラザールは嘆息する。天卵を禍玉まがたまとなすような最悪の事態を招かぬことを祈るよりほかなかった。
 
 王宮での評定の仔細については、帰宅したラザール様よりうかがった。名誉を取り戻したいレイブン隊が、月夜見寮の企てに加担する可能性も警戒せねばならぬとおっしゃっていた。
 カラスは何を探っているのだろう。私が女であることがばれたのだろうか。
 胸に宿った不安に気を取られていると、うっかりとみちをまちがえそうになりシキはあわてた。いけない、今夜の星は左の径を照らしている。右に曲がりかけた歩を戻す。径をあやまてば、銀水を霧散させるところだった。ラザール様がお待ちだ、急がなければ。シキは宵闇に蒼白く光る星を見あげる。「星のみちは、星の未知でもあるのだよ」とラザール様はおっしゃっていた。わからないこと、未だ知りえないことを教え導いてくれるのだと。
 
「ラザール様、遅くなって申し訳ありません。銀水をお持ちしました」
「おお、シキ。早く星盤に銀水を。今宵はまた星の動きがおかしい」

(第10章「星夜見の塔」了)


第11章「禍の鎖」に続く。


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