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王冠をかけたアリバイ(3)<Ryéさん#特別企画 参加作品>

第1話は、こちらから、どうぞ。
第2話は、こちらから、どうぞ。

<あらすじ>
怪盗Old Friendを名乗る謎の人物から、王冠を奪うという予告状が、富豪のトインビーのもとに届く。予告時間の21時を回っても、王冠を収めたガラスケースに変化はない。ところが、猫がくわえていたメモには「愛するものと王冠は頂戴した」とあり、愛娘のアニスンが誘拐されたことが判明する。
娘を取り戻すため犯人の指示に従い、トインビーとロス市警委のワーグマン、それに執事のサムスンが猫の後を追うと――。猫は屋敷の裏手にある執事の家に入っていった。

<登場人物>
トミー・リー・トインビー‥‥一代で財をなした富豪
ワーグマン副本部長‥‥ロス市警のナンバー2・王冠事件の指揮をとる
怪盗Old Friend‥‥王冠強奪の予告状を送り付けてきた謎の怪盗
アニスン‥‥トインビーの一人娘・5歳
サムスン‥‥トインビー邸の執事
ジョアンナ‥執事サムスンの妻
アーチー‥‥トインビーのおさななじみ
シェリー‥‥アニスン(娘)の愛猫・犯人からのメモをくわえていた

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 ポーチの階段を上がりながら、ワーグマンがホルスターに手をさしこむ。
「銃は使わないでくれ」
 トインビーが微かに空気をゆらす声で鋭く制す。
 銃把を握りかけた手を止め、ワーグマンが顎だけで隣をうかがう。
「打ち合いになって娘に当たっては困る。だが、きみを殉職させるつもりもない。扉は私が開けるよ」
「冗談はよせ。警察は市民の盾になるのが職業だ。それに、俺はチョッキを着用してる」
「防弾チョッキは私も付けている。警察が到着すると、私もサムスンも着用させられた。犯人の要求は私だ。私がアニスンの父親だ。私が開ける」
 ワーグマンは厳しい目でトインビーを見つめ、静かに息を吐く。
「わかった。俺の判断はたぶんまちがってる。何かあれば、いや無くても、本部長から大目玉も喰らうし、マスコミにも叩かれるだろう。少なくとも階級降下は免れん。だがまあ、そんなのはクソくらえさ。あんたの意思を尊重しよう。いいか、壁に隠れたままドアノブに手を掛けろ。できるだけ内側に強く押してすぐに手を放せ。俺が合図をするまで壁から出るな。それだけは守ってくれ」

 ガチャリ。
 旧式のドアノブを回す。そのまま力を込めて内側に押し手を放すと、潮風がよろこんでなだれうち加勢した。
 バン! 
 蝶番がはずれるのではと危惧するほどの音を立てて、玄関扉が開いた。
 トインビーたちは外壁に背をはりつけ、中をうかがう。
 家のうちに動きはない。ばたばたと風がはしゃぐ音だけがした。

「よし」
 ワーグマンからゴーサインが出た。トインビーは自分の身の安全など、どうでもよかった。アニスンさえ無事なら。
 玄関を開けるとすぐにリビングがあった。
 この家を建てたのはトインビーだが、訪れたことなど一度もなかった。
 リビング正面のソファに中肉中背の男が座っていた。
 室内の明かりが逆光になって顔はよく見えないが、男には微塵も緊張が見受けられなかった。ゆったりと、実にゆったりと腰かけている。王冠を盗み、密室から娘を誘拐した己の手腕に対する余裕だろうか。それにしても、部屋全体が穏やかな空気に包まれているような奇妙な感覚が漂っていた。誘拐犯に占拠されているのに、なぜだ。
 明かりに目が慣れると、男の膝を枕にしてアニスンがソファで心地よさげに眠っているのが見えた。アニスンの足もと近くには、執事のサムスンの妻ジョアンナが腰かけている。拘束されてはいないようだ。ずり落ちそうになるアニスンの足をソファの上へ持ち上げ、ケットを掛け直していた。ソファの後ろには帰宅したはずの屋敷の使用人たちが横一列に並んでいる。
 この光景をどう理解すればいいのか。
 トインビーはほんの1秒前まで顔面に貼り付けていた緊張を困惑にすり替え、背後に控えるサムスンを振り返る。驚いているようすはない。ワーグマンは警棒を握りしめたまま、唖然としている。
 サムスンはトインビーの視線を受け止めると、両腕を脇に揃えて一礼し、「旦那様、申し訳ございません」と断りをいれ、ソファの後ろに並ぶ使用人の列に加わった。
「サムスン、どういうことだ」
 トインビーの声が震える。
 ――サムスンが、あの実直一点張りの執事が首謀者なのか? 
 戸惑いと猜疑の渦が胸でせめぎ合う。
 ――誰を、誰を信じればいい?

「やあ、トビー。ぼくが誰かわからないようだね。永遠の友情を誓った仲だというのに」
 ソファに掛けている見知らぬ男が口を開いた。
 おそらくこいつが犯人だろう。だが、アニスンはこの男の膝で安心しきって寝息を立てている。奪い返そうにも、手が出せない。トインビーは唇を噛んで睨みつける。
 男の薄い口髭にも、五分刈りに整えた頭髪にも、白いものがぽつぽつと混じってはいるが、生活にくたびれているようには見えない。人生に投げやりになって愚挙に出たとは感じられなかった。
 銀縁眼鏡の奥の細い目が、にやりとする。
 あ、この目に見覚えがある。うまいアイデアを思いつくと、あいつはいつもこんな目をして俺をみた。
「お、おまえ……。アーチーか?」
「やっと思い出してくれたか。共にガレージでがらくた工作に明け暮れたアーチボルド・オブライエンさ」
「娘を、アニスンを誘拐したのは、おまえか」
 トインビーが一歩前にふらりと身を乗り出す。
「怪盗Old Friendなんてふざけた名を名乗りやがって。おまえのアイデアだったお絵描きコンピューターを勝手に製品化したことを恨んでるのか。それで財を成し、のし上がったたことを。だからアニスンを誘拐し、屋敷の使用人たちを脅したのか」
「誘拐というのは、聞き捨てならないな」
 アーチーが低くつぶやいて、ワーグマンへと視線を走らす。
「誘拐の定義を教えていただけませんかね、ワーグマン副本部長殿」
「簡単に言やあ、人をだまして連れ去ることだ」
 ワーグマンが吐き捨てる。
「アニスンは自分の意思でここに来た。ぼくはひと言も強要していない。それでも、これは誘拐と言えますか」
「そんな見え透いた嘘をぬけぬけと抜かすんじゃねえ!」
 ワーグマンが胴間声で一喝する。地を這う声に部屋の空気が震えあがる。
 アニスンがむくりと起きあがり、目をこする。しばらくぼんやりとしていたが、部屋を見渡しトインビーの姿を認めると、「パパぁ」とぱっと目を輝かせた。だが、部屋の異様なふんいきを感じ取ったのだろう、とたんに怯えてアーチーの腕にすがりつく。
 トインビーは呆然として、広げた腕のやり場を失くす。
 自分に飛びついてくるものと信じていたアニスンが、アーチーを選んだ……。なぜだ。
「きみはほんとうに何も知らないんだな。いや、知ろうとしなかったというべきか」
 アーチーはアニスンの背を撫でてやりながら、トインビーを見つめる。
「この子は毎晩、屋敷の豪華なベッドでは眠れなくて、この家の小さなベッドで寝ている。そのことをきみは知っていたか? ぼくは先週からずっと、アニスンが寝つくまで、この家のベッドのかたわらで本を読んでやり、いっしょに寝ているんだよ。だから今晩も、いつもの夜と同じように食事を済ませるとアニスンは自ら歩いてここに来た」
「なんだって! サムスン、どういうことだ」
 執事に鬼のような形相で迫る。
「お嬢様はお寂しかったのでございます、旦那様と同じように」
 執事は哀しげな視線を向けた。
「奥様がちょうど一年前の今日、肺炎をこじらせてお亡くなりになられたのは誠に残念なことでした。旦那様のお嘆きの深さはあまりに痛々しうございました。奥様との思い出にあふれたお屋敷にいることがお辛い気持ちは、僭越ながら私にも理解の及ぶことです。ビジネスが多忙を極めていることも。ですから、海外出張でひと月近くご帰宅なさらなくとも、いたしかたないことではございます。たとえ、頻繁であろうとも。
 ですが、5歳になられたばかりのお嬢様に、それを理解しろというのは酷にございます。歳のわりに聞き分けがよく聡明なお嬢様ですから、寂しいとか、パパにいてほしいなどとはけっして口にはなさりません。まだ母親の胸が恋しい、いたいけないご年齢でございます。当直者や警備の者はいるとはいえ、夜に広大な屋敷にひとり取り残されることは、どれほどの恐怖だったでしょうか。日を追うごとに夜泣きがひどくなられました。その折に一度、旦那様にお嬢様のご様子をお伝えし、できるだけご帰宅いただきますようお伝え申し上げましたが、『わかった』とおっしゃられただけで心ここにあらずでございました。そのうちにお嬢様は夢遊病者のように奥様と旦那様を求めて、夜中に泣きながら廊下をさまよわれるようになりました。もはや捨て置けないと判断し、ある日、お嬢様に我が家でジョアンナといっしょにお休みになってみられますかとご提案いたしました。ベッドを二つ並べ、ジョアンナが手をつないでさしあげますと、お嬢様はその晩、ぐっすりと朝までお休みになられました。以来、一年近く、晩のお食事を済まされると、お嬢様はジョアンナとともに我が家にまいられ、この家のベッドでお休みになられています。今晩もいつもの夜と同じに、お嬢様はこちらへいらっしゃいました」
「そうです」とジョアンナが夫の後を継ぐ。
「今晩も私とごいっしょに、ここに来られました。ですが、オブライエン様が『今夜はパパが迎えに来てくれるよ』とおっしゃっていましたので、起きて待っているとソファでがんばっていらっしゃたのです。けれども、さすがに9時を過ぎるとうたたねをはじめられました」
 執事夫妻が告げる事実に、トインビーは耳を疑った。
「アニスンがここで寝ていただと。そんな、そんなことは聞いていないぞ」
「いいえ、旦那様にはご報告し、好きにしろと許可もいただいております」
「なんだと! でまかせを言うな」
 トインビーが激高しても、サムスンは冷静な態度を崩さない。
「ここに録音してございます」と小型レコーダーを差し出す。
「旦那様との会話を録音するなどあるまじき行為とは重々承知いたしております。そのことは心より謝罪申し上げます。ですが、重要なことでございましたので僭越ながら録音させていただきました」
 トインビーは膝から崩れ折れた。
 アニスンがそんな状態にあったことを、屋敷の自室ではなくこの家で毎晩過ごしていたことを、一年近くも知らなかったのか。俺は妻のアンジェリーナを失った悲しみの海に溺れ、アニスンのことなど見向きもしなかった。いや、むしろ避けてきた。これはその報いか。
 苦い涙がこみあげる。うつむいた肩に何かが触れ、トインビーは頬をゆがませたまま顔をあげた。
「パパ、だいじょうぶ?」
 心配そうに首をかしげるアニスンがいた。
「アニスン」
 抱きしめようと伸ばした手を、トインビーは空中でぐっと握りしめ、そのまま力なく膝に拳を突き立てた。俺に娘を抱く資格はあるのか。
 アニスンはそんなトインビーの首に手を回して抱きつく。
「お嬢さん、ひとつだけ訊いてもいいかな」
 ワーグマンが二人の傍らに膝をつき、怖がらせないようにと、その厳つい顔に笑顔を浮かべながらアニスンに目を合わせた。
「なあに?」
「今夜、晩ご飯のあと、この家には誰かに無理やり連れて来られたのかな。たとえば、あそこでソファに座っているおじさんとかに」
 アーチーを指さしながら尋ねる。アニスンは振り返って首を横にふる。
「ちがうよ。おじさんじゃなくて、ジョアンナと手をつないでだよ。だって、おじさんはここで待っててくれたんだもの。とちゅうでシェリーを追っかけて走ったから、私のほうがジョアンナより先についたよ」
 青く澄んだつぶらな瞳でまっすぐにワーグマンの質問に答える。
「そうか。ありがとう」
 小さなレディに礼を述べると、ワーグマンは膝に手をついて立ち上がる。
「誘拐でなかったことはレディによって立証された。では、王冠騒動も茶番だったということですかな、怪盗Old Friendさん」
 ワーグマンはやれやれとでもいうように、アーチーに問いかける。
「いいえ。王冠は盗み出しましたよ」
 アーチーがまた銀縁眼鏡の奥の細い目を、にやりとさせた。

(to be continued)

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3話で完結させる予定でしたが、例のごとく、また、終わらせることができませんでした。あと1話、よろしければお付き合いください。


最終話に続く。

 
 

 





 

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