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春のおとどけもの

「ママ、あのね」

まきちゃんは、玄関で勢いよく靴を脱ぎ飛ばすと、ランドセルを背負ったまま、桃色のほっぺを赤くして、息せききって話し出す。
「ただいま」は、いつもすっ飛ばす。
まきちゃんは、もうすぐ二年生になる。

ママは、弟のむっちゃんに離乳食を食べさせているまっ最中。
まきちゃんに「手を洗ってね」と声をかけているあいだに、むっちゃんがお皿をひっくり返した。あーあ。

まきちゃんが、だだだだだっと、リビングに走ってくる。

「あきちゃんと、けんたくんと、走ったらね」
「ゆうびんやさんにバイバイした」
「げんきが、ゆみちゃんをたたくんだよ」
「ねこが、ぽーんって」
「はっぱのトンネル」
「木がね、ちくちくしたの」
「さっちゃんが、ころんで泣いて」
「どんぐり、みつけた」
「じゃんけん、負けちゃった」
「かもつが、とおったよ」
「じんじゃで、パンパンした」

エンドレスで続きそうだ。思い出す順で次から次へと話すので、話のすじ道がみえなくて、ママはいつもとまどう。

えーっと。学校から坂道をくだって線路にそって、どこかで神社のほうに曲がったのね。葉っぱのトンネルって、どこにあったのかしら。

ママは、むっちゃんの口にスプーンを運びながら、頭をフル回転で働かせて、まきちゃんの話の整理をする。それに気をとられていると。


「むっちゃん、もぐもぐ、じょうずですね。おいしいですかぁ」

まきちゃんが、おむすびを作るみたいに重ねた泥んこの手を、その形のまま、むっちゃんのほっぺに近づける。
テーブルに、ぽとりと泥のかけらが落ちた。

ママはびっくり。つい、キツイ声をあげた。
「手を洗いなさいって、言ったでしょ!」
「そんなばっちい手を、むっちゃんのお口に近づけないで!」

まきちゃんも、びっくり。目を丸くして固まった。
泥んこの手は、ぴたりと、むっちゃんのほっぺまで後10センチのところで、フリーズしてる。

むっちゃんが、ママの声にびっくりして、泣き出した。

「だって、だって、だって」
まきちゃんが、むっちゃんの声に負けないように、大きな声を張りあげる。

「春を、見つけたの」

「ママに、春のおとどけもの」
「持ってるんだもの」
「お手ては、洗えない」

えっ。
ママは、テーブルの上にまっすぐ伸ばしたまま固まってる、まきちゃんのおにぎり形に丸めている手を見つめた。左手が下で、右手がそっと覆っている。何かをたいせつに守っている手だ。

「お手ての中に、何かあるの?」
ママがむっちゃんをあやしながら、たずねると。

「うん。ほら。タンポポ」

そう言いながら、そっと開いたまきちゃんの手には、黄色い花が、ちょっとへしゃげてのっていた。花だけで茎はついていない。

「まあ。これは福寿草ね」
まきちゃんの手の中をのぞきこんだ、ママが声をはずませる。

「タンポポじゃないの?」
まきちゃんが、ちょっとがっかりする。

「タンポポに似てるけど。ほら、タンポポみたいに茎が長くなかったでしょ」
「福寿草はね、春が来たヨ、って教えてくれるお花だよ」

「タンポポよりも?」
まきちゃんは、小首をかたむける。ママの好きな、かわいいしぐさ。

ママはむっちゃんを抱きながら、リビングの床に膝をついて、まきちゃんに目線を合わせる。

「そう、タンポポよりも先に咲くの。まだ少し寒い冬の終わりに咲いて、もうすぐ春ですよ、って教えてくれるお花。春のしあわせを運んでくれるお花だよ」
「よく、見つけたね」

「わたし、いちばんの春を見つけたんだね」
まきちゃんの顔がぱあっと、花のようにほころぶ。

ママが、にっこり。
まきちゃんも、にっこり。
むっちゃんも、にっこり。

まきちゃんのフードにも、コートの裾にも、茶褐色のオナモミの実がいっぱいくっついている。どんぐりがポケットの中で音を立てている。
どこを探検してきたんだろうね。

春を連れてきてくれて、ありがとう。

春の使者さん、おかえり。



#絵本原作




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