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“恵まれてる”という呪い


あんまり、人にこうした方がいいですよとか
こうじゃない方がとかいうのは好きじゃないから
うつ病になった人間の一意見として
読んでもらいたい。

タイトルにもある通り
この病気になってから「恵まれている」という言葉を
よく使ったり思ったりするようになった。


家族に恵まれた、友達に恵まれた、
反対に、上司に恵まれなかった、とか。


メンタルクリニックでも
悲観的な話をする度に、フォローを入れるように

「でも、私は十分恵まれています」と言っていた。



でも、恵まれてるってなんなんだろう。



理解してくれるから恵まれてる?

1人じゃないから恵まれてる?



ここではあまり“恵まれている”という言葉の定義を
言及するつもりはない。


ただ結論から言うと恵まれてるからと言って
病気にならなかったり、
病気が治ったりするわけではないのだ。


私も会社が嫌になり始めた時、
同期や家族に文句を言いながらも
その言葉を連発していた。

「やりたい仕事をできてるだけでも恵まれてる」

「同期にはとても恵まれた」


当時の私は、恵まれている部分があるのだから
嫌なことも我慢しないといけない
目をつぶらないといけないと思っていた。



でもそうではなかった。


恵まれたからって辛くないわけではない。

辛いのは辛い。

その環境に恵まれてるもいないもなかったのだ。



メンタルクリニックでの話を前述したが、
その時の先生は「私は恵まれているんです」と
いくら言ってもサラッと流していたように感じる。

私が期待していたのは
『よかったですね。
そういう環境があると安心ですね』とか
言ってもらえると思っていた。

でも先生は言わなかった。

これはあくまで推測だけど、
“恵まれている”ということが私にとって
“プレッシャー”になる可能性が
あったからじゃないかと思う。

「恵まれているのにこんな病気になってしまった」
というプレッシャー。

「恵まれているのだから早く治さないといけない」
というプレッシャー。


今思えば先生のその判断は正しかったと思う。


私はそれから恵まれているという言葉を使うことや
思い込むことをやめた。

それは自分のためにならないと気付けたから。


恵まれてるのは
辛いや苦しいという声をあげられない
理由にはならない。


これからも自分のこころに正直に
ゆっくり治療していきたい。

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