十一橋P助

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最近の記事

【ショートショート】裏切りの代償

 舞い落ちる雪がうっすらとフロントガラスに積もっていく。それをワイパーが左右に払いのけ、そしてまた積もる。払いのけては積もるの繰り返し。  運転席でその様子をぼんやり眺めながらマキコを待つうちに、私は三年前のことを思い出していた。  あの日もこんな天気だった。昼ごろから降り始めた雪が厚く積もり、ノーマルタイヤでは走れない状況になっていた。数時間後に当時付き合っていた彼女を迎えに行く約束をしていたが、あいにくそのときの私は冬用タイヤもチェーンも持っていなかった。どうしたものか

    • 【ショートショート】頼みの神

       私たちが結婚したのは5年前のことだ。お互い晩婚だった。だからすぐに子作りに励んだ。2人とも子供がほしいと望んでいたからだ。  当初は基礎体温を測り、排卵日をきちんと計算し、自然な形での妊娠を試みたものの月日が過ぎるばかりで結果は出ず、話し合いの結果クリニックに通うことになった。たがいの身体に異常がないことを確認し、その上で人工授精にも取り組んだ。だが、何度繰り返しても子供はできなかった。  私は45歳、妻は39歳。そろそろ限界だ。年齢的にも、金銭的にも。  それでも妻はあき

      • 【ショートショート】イースターエッグ

         昔々、あるところに一匹のウサギがおりました。  彼は仲のよい翁から、手を負傷したとの知らせを受け、薬を届けるためにその家に向かおうと山の中を歩いているところでした。  そこへ、行く手にひょっこりと子タヌキが現れたのです。 「やあ、ウサギさんじゃないですか。ちょうどいいところで出会った」  見知らぬ小さなタヌキは馴れ馴れしくウサギに歩み寄りました。 「ご存知ですか?西洋には復活祭という行事があることを」 「ふっかつさい?」  首をひねるウサギに子タヌキは自慢げに語り始めます。

        • 【ショートショート】必死

           その夜も快適なドライブだった。ここは田舎の峠道だから、パトカーも白バイもめったに通らないし、ネズミ捕りだってやっているのを見たことがない。だからスピードは出し放題だ。おまけに時折道はくねくねと曲がりくねっているので運転するのも楽しいし。それが目当てで走る車を見かけることもあった。  長い上り坂が終わって、これから下りに入ろうとかというとき、そいつはいきなり現れた。いつの間にか助手席に男が座っていた。  俺は慌てて車を路肩に寄せて停めると言った。 「誰だお前。どうやって入って

        【ショートショート】裏切りの代償

          【ショートショート】序列

           その光景を目にした瞬間、脳裏にあいつとのやり取りが甦った。  飼っている犬が俺の言うことを聞かないという愚痴を、会社の同期の荒木にこぼしたときの会話だ。   「うちで飼ってるマルがさ、俺の言うことをきかないんだ」 「マルって、あの柴犬か?」 「そう。俺だけだぜ、言うこときかないの。嫁はもちろん、娘の言うことならちゃんときいくのに」 「ははーん」と荒木は顎をさすってから、 「そりゃあれだ。お前、マルに見下されてるってことだ」 「見下されてる?どうして俺が」 「犬ってのはさ、も

          【ショートショート】序列

          【ショートショート】

          「死んだら化けて出てやるから」  そう言ったのがいけなかったのだろうか?  まさか本当に幽霊となってさまよう羽目になるとは思わなかった。  生きているころの私には霊感など全くなかったから、そんなものは見えなかったし、むしろオカルト的なものには否定的な立場だった。  でも、自分がそうなって初めてわかった。  幽霊はそこかしこにいる。  同じ立場になったからこそ見えるのだ。  俗に、この世に未練を残した人の魂は成仏できずに幽霊となる、などと言われるが、私もその一人ということなのだ

          【ショートショート】

          【ショートショート】欲望

           仕事が早く片付いたせいで、いつもの時間よりもずいぶん前に着いてしまった。あたりはまだぼんやりと明るかった。  人通りが途絶えた公園のベンチに腰掛けると、彼女と初めて出会った夜のことが思い出された。  月がきれいな夜だった。残業でへとへとになった僕はいつも通るこの公園へと足を踏み入れた。  公園の中央には滑り台が置かれていた。そのてっぺんに彼女はいた。月を見上げるように。  通りかかった僕に気がついたとたん、彼女はバランスを崩してよろめき、その場所から滑り落ちてきた。  大丈

          【ショートショート】欲望

          【短編小説】注文のない料理店

          「そうだ、釣りに行こう、釣り」  そう言ったのは八木先輩だ。 「僕泳げないから無っす」と断っても、 「渓流釣りだから水深も膝下程度だ。溺れることなんかないって」  強引な誘いに乗った結果がこれだ。まさか道に迷うことになろうとは。  てっきり先輩はその土地に詳しいものと思っていた。だが迷ってから、初めてくる場所だと聞かされたときは内心怒りを覚えた。  道は二手に分かれていた。あたりには霧が立ち込めているから数メートル先がもう見えない。振り返っても道は霧の中に消えている。相当山深

          【短編小説】注文のない料理店

          【ショートショート】闘いの晩夏

           格闘技を観戦したあとはなんだか自分も強くなったような気になるから不思議だ。特に応援している選手が圧倒的勝利を収めたときはなおさらだ。今日だってそうだ。キックボクシング三階級覇者・夏川謙信は挑戦者・亀山幸喜を軽く退けての1ラウンドKO勝ち。顔には傷ひとつついていなかった。さすがは天才と呼ばれる男だ。  興奮冷めやらぬ俺は同行していた友人と居酒屋で謙信の凄さを語り合い、帰路に着いたのは深夜1時を回ったころだった。  友人と別れ、細い路地を千鳥足で進む。もうすぐ俺のアパートに着く

          【ショートショート】闘いの晩夏

          【ショートショート】おくすり手帳

           恒夫が病院の待合室で座っていると、入り口から見知った男が入ってきた。彼はその顔を見て内心舌打ちをしたが、相手が自分のことに気づいたと悟ると満面の笑みを浮かべて手をあげた。  近づいてきたのは武だった。小学生のころからの付き合いだが、正直恒夫はこの男が嫌いだった。武は子供のときから身体も態度も大きく、周りの子供たちをまるで家来のように扱っていた。逆らえばいじめられるから、みんなしぶしぶ武に付き合っていた。大人になってもその関係性は続き、それがさらに武を増長させた結果、70歳を

          【ショートショート】おくすり手帳

          【ショートショート】運命の人

           マキは若いころから結婚願望があり、子供もほしいと思っていた。いつか運命の人が現れて結婚できるだろうと気楽に構えていた。しかしその願いも叶わぬまま、今年40歳の大台に乗ってしまった。見た目や性格が悪いわけでもなく、決して高望みしているわけでもない。ただ出会いがなかっただけなのだ。  果たしてこの先私は結婚できるのだろうかと不安になったとき、彼女はある噂を耳にした。インターネット上によく当たる占いサイトがあるというのだ。  藁にもすがる思いでそのページを探し当てると、まずこんな

          【ショートショート】運命の人

          【短編小説】ユキオンナ

           どれくらい時間が過ぎたのかも分からない。風の音が耳をつんざき、荒れ狂う雪のせいで数メートル先の景色すら見えない。俺と高橋は身体を丸め、ひたすら寒さに耐えていた。  助けを呼ぼうにも携帯は通じなかった。仮に通じたとしても、この天候ではすぐには来てくれないだろうが。  大学時代の友人である高橋と雪山登山をすることになった。二人とも山岳部に在籍していたが、卒業以来の登山だったため、比較的容易なN県のT山を目標に選んだ。行程は順調で、二時間ほどで山頂に着いたものの、下山途中で急に天

          【短編小説】ユキオンナ

          【童話】また会えたね

          プラスチックのプラプラは工場生まれ。 さてボクは、いったいどんな商品に変身するのだろう。 車の部品?家電製品のパーツ? それともペットボトルか、お菓子のパッケージ? 期待に胸を膨らませていたプラプラが変身したのはレジ袋だった。 たくさんの仲間とともにコンビニエンスストアに運び込まれたプラプラ。 今度は誰の手に渡るのだろう。 仲間たちが次々に送り出され、プラプラの順番がやってきた。 プラプラを手にしたのは一人の少年だった。 プラプラには肉まんとジュースが入れられていた。

          【童話】また会えたね

          【短編小説】白い紙と黒い絨毯

          「で、用を足してすっきりしたところで、紙がないことに気づいたの。どうしようかと思っていたら、外から不気味な声が聞こえてくるんだって。赤い紙がいいかー、青い紙がいいかー……」 「あ、それ知ってる。赤い紙を選んだら全身血まみれになって死んで、青い紙を選んだら体中の血を抜かれて真っ青になって死んじゃう、って話でしょ。有名じゃん」 「だってもう怖い話なんて思いつかないんだもん」  ふて腐れるミカに、カエコは苦笑を浮かべた。  そこはキャンプ場だった。もう一人の親友であるエリカ

          【短編小説】白い紙と黒い絨毯

          【ショートショート】運転手のうしろ

           公園脇の道路にできた木陰に車を止め、仮眠をとっていると突然声をかけられた。 「お願いします」  慌ててシートを起こし、左後方を振り返ると、いつの間にか一人の男が後部座席に座っていた。 「あの車、追いかけてもらえますか」  指差されたほうを見ると、数メートル先のコンビニの駐車場から白いSUVが出てくるところだった。  え?これってもしかして映画とかドラマで見るあのシチュエーションだろうか。まさか現実に起きるとは。タクシーを運転して20年。初めての経験だ。 「急いで」  客の言

          【ショートショート】運転手のうしろ

          【ショートショート】亡者

          「ええこと教えたろか。お盆になると、亡者が帰って来るんやで」 「モージャって?」 「死んだ人間のことや」 「死んだ人間がかえってくるの?」 「そうやで。お盆には、あの世とこの世をつなぐ道が開かれるんや。亡者はそこを通って、死んだ場所に帰ってくるんや」 「帰ってきて、どうするの?」 「悪さをするんや」 「悪さって?」 「例えば、生きてる人間を道連れにしようとしたり……」 「道連れ……?」 「そう。道連れや。せやからな、お盆に、海へは絶対に近づいたらあかんのや

          【ショートショート】亡者