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狂負(きょうふ)への出入り口

物事がうまく進まず、悪い結果が続くと負の連鎖などと呼ばれる。
面白いと言うと語弊があるが、良い事と悪い事は不思議と重なる場合がある。
良い時は単純にラッキー!と片付けられがちだが、悪い方向へ導かれると「残念」「運がないねえ…」といった簡素な言葉で締め括られて終わる。
こういった事柄もまた負の連鎖と称されがちだが、もっと判りやすく説明すると悪循環と例えた方が良さそうな気がする。

悪循環を回避できない内容に当てはまる映画を紹介したい。
スティーブン・ソダーバーグ監督作品である、邦題「アンセイン」だ。

単純なあらすじを説明すると、主人公のソーヤーは長年ストーカー被害に悩まされてきた。
父親亡き後、母親から離れストーカーから回避する為ソーヤーは職場を点々として過ごす。

職場でも殆ど誰とも接しないソーヤーの前に、思いがけない影を見る。
その影は残像ながらもソーヤーを長年苦しめてきたストーカーである事を確信する。

その後ソーヤーはハイランド・クリーク行動センターせカウンセリングを受ける。
自身の辛い経緯や最近の出来事をカウンセラーに伝えると、何食わぬ顔をしたカウンセラーは書類にサインを求める。
何も疑う事がないソーヤーはカウンセラーに従いサインをする。
その直後、ソーヤーは身体検査を受け、具体的な理由を聞かされないまま入院を強要されるのだ。

病院の診断とは裏腹に、ソーヤー自身は正常であると病院内の上司に願い出る。
だが、ソーヤーを担当したカウンセラーのカルテを見ると、「自殺の恐れがある」と記載されている。
このままでは埒があかないと知ったソーヤーは職場に連絡をするが、対応が思う様に進まない。

更に事態は悪い方向へと流れる。
その理由は、入院患者に適した薬を渡される場所に、長年ソーヤーを苦しめるストーカーが目の前に映っていたからだ。

ソーヤーは周囲にこの場に居合わせる人物こそストーカーだと伝えるが、残念な事に立場が患者という事もあり受け入れてもらえない。

しかもストーカー自身はデヴィッドと名乗り、ソーヤーに適さない強い薬を処方していたのだ。
当然ながらソーヤーは体調を崩し、幻覚と戦いながら同じ病棟の人を傷つけ、ソーヤーにとって不利な状態が続く。

そんな中、ソーヤーにとって理解者が存在した。
唯一と言って良いほど病気を装うネイトという男性と仲良くなる。
またネイトは他の患者や医師の目を盗み携帯電話を所有し、どこかとコンタクトを取っていた。
こういった状況を知ったソーヤーはネイトに脅しを掛け数分でいいから携帯電話を貸して欲しいと願い出る。

ソーヤーは早速、長年疎遠状態であった母親に通話し今の現状を伝える。

事の真相を知ったデヴィッドはソーヤーを脅かす行動へ出る。
因みにこの作品は100分に満たない短い尺で構成されている。
だが時間を感じさせず物事は淡々と進みながらも、観る側を不安にさせたりソーヤーの視点で追うと先行きが見えない演出は優れていると個人的に思う。

最も優れた点を述べるならば、この作品の全編はiPhoneのみ構成されている。
そして固定アングルが多い為、観客にどこを注目すべきかといったヒントを与えない。
それ故に、恐怖感と技術は必ずしも機材に頼らなくても製作される事を必然的に立証させた作品である。

また作品のタイトルである「unsane」は単語として存在しない造語である。
例えば「insane」を直訳すると狂気であれば、「unsane」は正気ではないという事になりそうだ。
要するに狂気と正気の間を示しているのだろうか?!

内容もさる事ながら、技術面と物語を追ってもブレる事なく楽しませて頂ける映画であった。

わーお!

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