その男子は団地妻

会社員の朱鷺子が違和感をまず感じたのは、小学生という、異物の混入である。

夜10時をすぎようという時間、スーパーの値引き弁当を手にとる朱鷺子の隣から、ありえないほど細くてちいさな手が伸びてきたのだ。小学生の男児だった。
塾かばんらしきものを背負い、男児は弁当を三つ、小学生が持つだけで違和感のあるレジカゴバッグに入れた。すでに、レタスとトマト、それに牛乳パックと卵。

(……虐待かな?)

朱鷺子は、違和感の果てにそう感じた。親からのネグレクトとかだろうか?
しかし、塾帰りのようだ。男児は、レジに向かうので、弁当を手に入れた朱鷺子と同じ道のりになった。横目で確認すると、ちいさな、小学生らしいミニサイズの財布を開き、男児は会計をつつがなく行っている。
スーパーの店員は、とくになんの感情もみせずにレジ打ちをしている。店員はそんなものだろうかと朱鷺子はなんとなく世知辛さを覚えた。

エコバッグを広げて、ものを詰めると、男児はスーパーの自動ドアを出る。朱鷺子もつづいた。声をかけてしまいたい、と思った。

いつもこんなことしてるの?
お母さんは?
お父さんは?
お弁当は、兄弟のぶん?

……大丈夫? きみ。

「…………」
現実の朱鷺子は、立ち尽くしている。
横断歩道を渡って、団地マンションのあるほうに歩いていく、深夜の該当に照らされる塾かばんを見つめている。何も言えず、声を封じられた朱鷺子を置いて、男児の姿はすぐに見えなくなった。

朱鷺子は、いいようのない虚脱感が、指先から染みるのを感ずる。
私も、スーパーの店員と変わらないな、と朱鷺子は思った。

つらいな、と思った。
声が出ず、喉が引っ込んでいて、それが自分が悲しい大人になってしまったことの証明に感じられた。いや、今の時代が、時代そのものの空気が朱鷺子の喉に栓をしているのかもしれない。

時代のせいにする自分にも、自分勝手なオトナを感じられて、朱鷺子は足元から冷えるような嫌悪感をおさえきれない。

いつから、こんな現実が広がったんだろう。
いつから。あんなちいさな男児の努力は始まったのだろう。どんな大人になるんだろうか。

私とは、ぜんぜんちがう大人になって欲しいな。そう、祈るのよう、ただでも捨てるような祈りでもあった。男児を見捨てるような祈りだ。

結局、虚脱感と疲労をさらに覚えて、朱鷺子もきびすを返した。男児の向かう方角とは逆の道へと。

交わることは、永遠にない、決して。
朱鷺子に、大人の自覚があるからだった。

冷えた夜のことであった。


END.

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