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読書記録:君が最後に遺した歌 (メディアワークス文庫) 著 一条 岬

【いくら、時を重ねても、人々の心に遺り続ける大切な宝物】


【あらすじ】
田舎町で祖父母と三人暮らし。唯一の趣味である詩作にふけりながら、僕の一生は平凡なものになるはずだった。

ところがある時、僕の秘かな趣味を知ったクラスメイトの遠坂綾音に「一緒に歌を作ってほしい」と頼まれたことで、その人生は一変する。

“ある事情”から歌詞が書けない彼女に代わり、僕が詞を書き彼女が歌う。そうして四季を過ごす中で、僕は彼女からたくさんの宝物を受け取るのだが……。

時を経ても遺り続ける、大切な宝物を綴った感動の物語。

Amazon引用

作詞作曲をする中で大切な物に気付く物語。


素晴らしい歌はいくら時を重ねようとも、ずっと人々の心に遺り続けて、世界を優しく包み込んでくれる。
色褪せる所か、新鮮な感動を与えてくれる。
周囲から鉄の女と呼ばれる綾音は、趣味で詩作を続ける春人に作詞を依頼する。
作詞出来ない秘められた理由を、共に四季を巡りながら知っていく。
曲と歌詞のように、二つで一つにしかなれない物を追いかける。
出逢いと別れの中で輝く大切な宝物を受け取っていく事。

小学一年の時に両親を事故で亡くして以来、70以上も年の離れた祖父母と三人で暮らしていた春人は、思春期の問題は全て、自分で解決するしかないと考えていて、自然と詩に魅了されていく。

高校卒業後は地元の役場で働きたいと考えていて、その為に有利だといわれる地元の高校に進学したのだし、勉強もそれなりに頑張っていたが、高齢な祖父母に代わって買い物などをする必要もあり、就職には不利だと理解しながら、部活動に参加する事を諦念していた。
そういった事情も知る当時の担任から、文藝コンクールへの参加を薦められたのだった。
そのことはクラスメイトには内緒にしていた筈だったのだが。

「私が作曲で、あなたが作詞をやって」
春人が詩を書く事を、偶然に知った綾音は、一緒に歌を創ろうと持ちかける。
しかし、彼女はその両肩に過酷な運命を背負い込んでいた。

綾音は、発達性ディスレクシアを罹患しており、普通の生活もままならない中で、短く人生を終える運命に抗うように、稀有な美しい美声と春人という無二のパートナーを手に出来た。
やりたい事を貫く大変さ。
病気、環境に左右される未来の選択。
自分という殻を抜け出して、それぞれの抱える問題を共有しながら、立ち向かう勇気を振り絞る。

普通に生活することが難しい彼女と二人で協力して歌を作り上げていく過程は、時に衝突しながらも、彼女の歌がずっと頭の中でリピートして鳴り続けるような心地よい安らぎが生み出される。
絢爛で花咲くような希望の歌が世界中に響き渡る。

普通の人達の中で、普通の事が普通にできるという幸せは。
当たり前に生活を送っている人は気が付きにくく、始めて当事者になった時に、そのありがたみと尊さを、まざまざと思い出す。
互いを慈しみ合う気持ちが、細切れになった命を繋いでいく。
人を愛し、人を信じて、人との想い出を心に刻み込む。
本当の死とは、その人の事を誰もが忘れ去ってしまう事だから。

そして、その想いは後継者に引き継がれる。
道半ばで達成出来なかった彼女の無念を、自分が代わりに成し遂げる。
心血を注いだ歌は血肉を持って、多くの人々の魂に届いて、遺り続けていく。

相思相愛で繋がった彼らの関係を運命は残酷にも引き剥がすが、互いを想い合う心と魂は奪えはしない。
二人で歩いた人生は彩り鮮やかに、縁と奇跡で繋がっていた。
創作された歌は永遠に消える事はない。
二人の愛の結晶が未来に向かって羽ばたいていく。

たとえ、別離が必然で、離れ離れになったとしても、彼らの歩んだ軌跡は、誰かの心の中に宝物のように遺り続ける。
喪失の冷たい涙も、やがて心を優しく暖める涙へと変わる。
それが、再び前を向いて歩いていく原動力となる。
綾音がこの世界に残してくれた忘れ形見である娘を伴いながら。

これから先を生きていく上でのかけがえのない糧となるのだろう。



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