彼の仮面と私の仮面。

私の目の前に現れたその人は
あの頃、私の一番苦手とする人だった。

彼は、ただ黙って笑うだけで 
何も私に語ろうとしない。 
そんな彼を、ただ、
じっと見つめながらも憎んでいる。

そんなあの頃の私がいた。

私と同い年の彼はあの頃、いつもすました顔でいて、それでいてとてもクールで冷たくて、そして、どこか嫌味っぽくて。つまり、彼のすべてが私にとって心曇らせる存在だった。

そんな彼に、私は意味もなくイライラしていた。そんな時、彼は決まって、どこか私を笑っているような気がした。

それでも私が仕事で失敗すると、いつも彼が目の前にいて、いつのまにか、解決してくれていたような気がする。そんな彼の行動が、なぜか私をひどくみじめにさせた。誰も見えない場所で、ひとり、何度、私は泣いたことだろう。

そんな時でさえ、彼がこんな弱い私を
また笑っているような気がして
そんな彼のすまし顔を、消し去ることが出来ないでいた。

ある日のこと
彼が私にこんな何気ないことを
話してくれたのを覚えている。

「休みの日に、空なんか見ていたらつい、泣いていたりするんだよなぁ。こんな仕事をしているからかなぁ」

彼の口から、こんな弱音を聞くなんて、私は思ってもみなかった。その時の彼は、私と何一つ変わらないで、とても小さく見えた。

なんてことだろう。
そのとき私は彼を見て
はじめて気がついたのだ。

彼は仮面をかぶっているということを。

いつも違う自分を演じていて、どんなに心が傷ついても、いつもなんでもないふりをして、強くてクールな自分を演じていたと。そして、それは私も同じだったんだと。

私が彼を見ているとき、
たぶん私は鏡を見る思いだったのだろう。

一番嫌いなこの私を、私は彼を通して見ていたんだと。

たぶん、もう少し時間があれば、彼とは本当の友人になれたのだと思う。でもそれは、叶うことはなかった。彼は突然、転勤になったのだ。

送別の時、みんなの贈る言葉に紛れてしまい、私は何も言えなかった。彼のあの時の笑顔でさえ、仮面をかぶっていたような気がしたから。

彼がいなくなったとき
私はいつしか気づいたのだ。

自分自身の仮面の存在を。

私は、そっと、外してみた。

なんだ、世界はこんなに広くて、いろんな風があって、こんなにすがすがしいものだったんだと、初めて気づいたような気がした。それはまるで目覚めた時のとてもまぶしい朝日のように。空がこんなにも美しいことに、いまさら気がつくなんて。

彼に伝えたい言葉が
私の想いからたくさん生まれる。
でも、それはもう
すべてが遅すぎることだった。


やがて心の波が静まったとき
私は外した自分の仮面を
そっと見つめてみた。

それは、彼にとてもよく似た仮面だった。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一