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13.軸の転回(1) - i

今回より、「軸の転回」の話をいたします。構図というよりは、アイディアかもしれません。

「知識ゼロでO.K.」を謳っているのですが、今回は少しだけ予備知識が必要です。「普通はこんな感じなんだけど、『軸の転回』を巧みに使っているこんな作品があるんです」という話の流れの為に、まずは「普通はこんな感じなんです」という説明をさせてください。
というわけで、まずは「受胎告知」についてです。

1.「受胎告知」という画題

キリスト教美術には「受胎告知」という画題があります。
「聖告」とも呼ばれます。

大天使ガブリエルは聖母マリアに「あなたは身ごもって男の子を産むでしょう。その子をイエスと名付けなさい。」と告げに来ました。その場面です。キリストの托身(受肉、神が人の姿をとること)はこの時に行われたと考えられています。キリスト教文化の中では、キリスト誕生から9か月遡った3月25日がその祝日です。『ルカによる福音書』に典拠があります(1:26-38)。


2.<受胎告知>の絵画いろいろ(1)主要モチーフ

実に数多くの受胎告知の絵が残されています。
例として、制作年代も制作場所も異なる三点(A, B, C)を紹介します。


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この画題を成立させている主要モチーフを確認します。

共通する主たる要素は、まず第一に、「大天使ガブリエル」と「聖母マリア」という二人の人物です。
(天使が画面左側、マリアが画面右側に描かれることが一般的ですが、決まりではありません。逆の作例もあります。)
そこに、マリアへ向かう「精霊の鳩」や「光線」や「幼児キリスト」、その鳩や光を発する「父なる神」などが加わることもあります。

その他、百合の花、糸巻き棒、書物など、いくつかの象徴的な小道具が加わることもありますし、「おめでとう、恵まれた方(アヴェ・マリア)。主があなたと共におられる。」「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」など、天使が発した言葉やマリアが発した言葉が、絵の中に文字で書き加えられることもあります。
また、聖書に典拠はないのですが、イタリア・ルネサンス絵画では屋外の庭や柱廊での出来事として描かれることが慣例となっています。

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それぞれ、特徴的な細部を紹介します。

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Aの例では、二人の発した会話が金文字で描き込まれています。マリアの発する言葉は、天にいる神様が読みやすいように、わざわざ逆さまに書かれています。
また「父なる神」は建造物の浮彫として登場しており、金の光を発する「精霊の鳩」を見送っています。

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(★、作品Aに対する筆者によるトリミング加工あり。)

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(★、作品Aに対する筆者によるトリミング加工あり。)

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Bの例では、ちっちゃな幼児キリストが、光線に乗って、十字架を携えてマリアめがけて飛んでいる最中です。

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(★、作品Bに対する筆者によるトリミング加工あり。)

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Cの例では、かなり大きめの「精霊の鳩」が力強く空中を飛んでいます。放射状線の光を放ち、雲のような煙のようなものをまき散らし、まるでロケット噴射のようです。
百合の花を持つ大天使ガブリエルも飛行中で、まだ地上に降り立っていません。

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(★、作品Cに対する筆者によるトリミング加工あり。)


3.<受胎告知>の絵画いろいろ(2)配置パターン

今度は、同じ美術館(イタリアのフィレンツェのウフィツィ美術館)に所蔵される、同じ15世紀に描かれた、同じ「受胎告知」主題の作品三点(D, E, F)です。


人物配置がパターン化されていることをご確認ください。

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もちろん、舞台設定、道具立て、ポーズなど、異なるところは多々ありますけれども、「左側に大天使ガブリエル、右側に聖母マリアがいて、この二人が私たちの目の前で横並びになっている」という人物配置のパターンが、この時代のこの画題の特徴として認知できることと思います。

15世紀の人々は、こうした受胎告知の絵を見慣れていました。
彼らにとって、このパターンの絵が出てきたらそれは「受胎告知」の絵だということはもう周知の事実で、皆がこのパターンに普段から慣れ親しんでいました。
そんな同時代の観者の目になったつもりで、次の作品をご覧ください。


4.アントネッロ・ダ・メッシーナ作品

イタリア・ルネサンス期のまだまだ謎の多い画家、アントネッロ・ダ・メッシーナの作品です。

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この絵を見ただけで「あっ!!!」と気付いた方は、相当察しの良い方です。

はい。その通りです。

「軸の転回」が行われたのです。

下の図をご覧ください。

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通常の受胎告知の絵の場合、左の作品Aのように、天使とマリアは画面内空間で私たちの目の前で横並びになっています(左下の黒い矢印線)。

それに対して、アントネッロ・ダ・メッシーナの作品Gでは、天使とマリアを繋ぐその「横軸」(横並び)が、縦(=奥行と手前の方向性)へと転回しており、こちら側に飛び出してきているのです(右上の赤い矢印線)。

この絵のタイトルは「受胎告知を受けている最中の聖母マリア」です。
ですから、他ならぬあなたが、絵の外側のあなたが、「受胎告知をしている最中の大天使ガブリエル」の役目を負うことになるわけです。


また、構図の面で言えば、マリアを思い切ったクローズアップ構図にしたことが、観者との迫真的で直接的な対面という演出の効果をますます高めています。

通常の人物配置パターンを見慣れていた同時代観者の目には、不気味なほど非常にリアルな存在として、自分のまさに目の前に、今ここに受胎告知を受けるマリアがいる、と、感じられたに違いありません。

聖母マリアに対して呼びかける最も一般的な祈りの言葉は、「アヴェ・マリア」です。
作品Gの前で「アヴェ・マリア」と唱えるとき、観者は、まさに大天使ガブリエルそのものです。何故なら大天使ガブリエルは、受胎告知の時、「アヴェ・マリア」という言葉を発していたのですから。


最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。


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