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【詩】ずっと欲しかったもの

あの人は泣いてる私に困り果て
仕方なく私を抱きかかえ母親の元へ連れて行ったそうだ



あの人は時々私と遊んで
あの人は一度だけ私を迎えにきて一緒に帰って
あの人は私をどう思っていたのか


あの人はあの木の後ろにいる
そう思って後ろ側をのぞいても
そこにはいなかった
気がついた時にはいなかった


何故いなくなったのか
その時は分からなかった


私はしばらくあの人の影を追っていたそうだ


あの人に望んだことは覚えていない
あの人が笑っていた事しか覚えていない
母親は笑っていたと思う
それは知らない
覚えていない



その頃から私は半分欠けていた


時々その感覚が付きまとった


ルーツが半分しかなかった


自分が何者なのかどうやっても
半分
分からないまま過ごしてきた



ある時 足りない感覚を少しでも埋める為にあの人の故郷へ向かった
行けばきっと何か分かると思ったから



あの人の故郷には山がある
地中にマグマを抱え街のどこからも見える大きな山


それは不思議な山だった
予定にはなかったが
吸い寄せられるように山に向かう船に乗って
煙を噴く山への麓にたどり着く


山の麓に広がる砂浜から私が船に乗った港
母親があの人と歩いたと言っていた港が見える


その港から出ていく船が海の上を颯爽と走り出す


あの方角


あの船はあの人の生まれ育った街へ向かう船だ



誰もいない砂浜でにジリジリと焼かれながら走る船をただ見送る


地中のマグマが地面を温めるように砂が焼ける
陽に晒され焼かれた肌が熱をもち始める


どうしてあの時私を置いて行ったの


あの人が私をどう思っていたのか
本当は聞きたくないけど
あの頃は何も分からなかったから何も言えなかった
言葉を知らなかったから


燃える


どうにもならなかったあの頃に
私はどう思ったのか覚えていない
幼すぎたから


怒りなのか 悔しさなのか
恨みなのか 寂しさなのか
噴き出そうとする熱が輪郭を溶かす
熱がすべてと融合していく


熱い


焼かれている


いや 私が私を焼いている


焼き尽くそうとする熱の中に暖かさを感じた時
それは山から降りてきた風だとすぐに分かった


背中から全身を包みこむ風に少し冷やされる


振り返って仰ぎ見た山はどっしり構えいつも通りと言わんばかりに煙を噴いている
地中にマグマを隠しながら



私はこの山の持つエネルギーを知っている
初めて見て 初めて麓まで来たのに
ずっと半分欠けていた感覚を埋めるピースのようなもの
少しだけ埋まった気がするこの感覚
まだ足りないけど



ふうっと息を吐く


だいぶ収まってきた


もしまた来る時があったらあの走る船に乗って
あの人の生まれ育った街を訪ねよう
水平線の向こうにあるもう一つの故郷
まだ知らないご先祖様のいる所


子どもの頃から何度も思い浮かべた心象風景
森の中の線路
白い灯台
テレビで映った時にあまりにもそっくりで驚いた風景
見た事がないはずなのに


何を言っているか分かる方言に
旋律を一度聴いただけで歌えた遠い島の民謡
聞いた事がないはずなのに


知らなくても
覚えていなくても
総てが記憶となり
血に残って流れている



山と一緒に
水平線を越え遠くに消えかかっている船を最後まで見送った


隣でゆっくりと紫煙をふかしながら山が笑っている


私もつられて笑う


隣にいて繋がっている


私がずっと欲しかったものは安心だった


そしてその安心の源はもう知っている





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