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【短編】真夜中の散歩

真夜中に突入
日の出まであと    時間    分
寂しい夜の始まりだ


音が幾分減った道を散歩する
どこの家の窓も真っ黒
人の気配はしない
ここに住む人たちは規則正しい
風と時々遠くを走る車の音が追い越していく


道沿いの田んぼで蛙の合唱会
その中に鳴き方が違うやつがいる
周りに合わせようとしているようだ
声が周りをうかがっている

蛙でもそんな事するのか
そう思い立ち止まって聞いていると
突然鳴き止む蛙たち
どうやら見つかったらしい
巨大な観客にびっくりしたのか
よく見ると田んぼに伸びた影が映っている
後ろの電柱にくっついてる街灯のせいだ
観客にスポットライトを当てている

こっちが歩き出すとまたぼちぼち鳴き始めて
あっという間に元の大合唱
「うん、今度は揃ってる」
何故かホッとした


国道と交わる交差点に出る
向かいのコンビニにトラックが何台か止まっている

トラックの間をすり抜ける
ドライバーが一人、トラックの中でカップ麺をすすっているのが見えた
背徳感のないカップ麺が羨ましい


特に用はなかったがなんとなく吸い込まれるように入ってしまった店内
深夜なのにやたらとテンションの高い店内ラジオが流れている

ドライバーたちがレジ横のコーヒーマシンを囲んでコーヒーを淹れている
何を話しているのか楽しそうな笑い声を背中で受け止めつつ店の奥へ
飲み物でも買おうか
店内ラジオの新商品のお知らせに耳を傾けつつ、ペットボトルのラベルと値札を交互に見ていく
その時後ろを誰かが通りすぎる気配がした
その人が通りすぎてから横目で見る

その人はコンビニの店員でいつも深夜にしか見かけない人だった
暇そうに商品棚を整理したりしているが、すぐレジに入って対応してくれるので深夜はここのコンビニが一番いい
レジではいつも目が合わないが、必要な物は黙ってつけてくれるのでそこもありがたい
お互いもはや顔見知りなのではと思うが独りよがりな気がしてお互いスルーしている
そういう事にしている


コンビニを出る
ドライバーたちにつられてついホットのブラックコーヒーを買ってしまった

敷地の隅の灰皿の周りでさっきのドライバーたちがコーヒーを片手に煙草を吸っている
自分もおもむろに煙草に火を点ける

時々灰皿に寄ってまた離れる
誰も何も喋らない
田んぼの蛙たちとは違う
静かだ
人がいてもこんなものか


海からの風がどんどん煙草を燃やす
紫煙をあっという間に空(くう)に消して
耳許でビュービュー言ってくる
ゆっくり吸えない
風に急かされている


トラックもそれぞれの向かう先へと出ていき風も止んだ頃
「静かだ」
駐車場の石を椅子にしてしゃがみこむ
すっかり冷めたコーヒーがまだ半分は残っている


後ろで虫が鳴き始めた
小さい声でひっそりと仲間を探している
風が掻き消す間はじっとしていたのか、風が声を掻き消していたのか
どちらかは分からない
コンビニの裏の藪の中から聞こえてくる
健気だ


日の出まであと    時間    分


立ち上がって伸びをする
「よし、このまま海まで行って朝日を拝もう」
コーヒーを片手に海に向かう国道に向けて歩き出す
たまには朝日を拝むのも悪くない


こうして真夜中の散歩は海岸で朝日が昇るのを見るまで幕引きを延長した
朝日が冷めたコーヒーと体を少しは温めてくれるだろう
そう期待して歩き出す
風が微かに香る東へと



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