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彼女は頭が悪いから/「求められないネタ枠の女」が受けた性被害

※この記事はネタバレを含みます。
※犯罪の内容に触れるため、侮辱・差別的な表現も含まれます。


今さらながら、姫野カオルコ先生『彼女は頭が悪いから』を読みました。

この作品は、実際に起こった性犯罪から着想を得たフィクションです。
主人公の美咲が受けた「性犯罪」が、大変意外な切り口で描かれている小説でした。

「性暴力」がテーマのこの作品は、姫野先生にしか書けないであろう繊細な問題を、丁寧かつ明確に描き出しています。
女性であれば、美咲が感じた悔しさや屈辱は、少なからず共感できる部分があるのではないでしょうか?
ですが、女性だけではなく、年齢性別を問わず多くの人に読んで欲しい作品だと思いました。

逮捕後、「性犯罪を犯していない」と主張した加害者たちの心の闇とは……?
加害者たちが美咲の尊厳を踏みにじった「性犯罪の内容」とは……?
そして、美咲が彼らに求めた「和解の条件」とは何か……?




「被害者と加害者」になった「普通の少女・少年」


この小説は、主人公の少女・美咲と、後に加害者となる少年・つばさを中心にした物語です。
二人の生い立ちから出会い、そして被害者と加害者になるまでの過程が描かれています。

真面目な少女・美咲は、どこにでもいる平凡な女子大生です。責任感が強い長女で、微妙な偏差値の大学に通っています。
一方、つばさはエリート家庭で育った、やや気難しい少年です。東大に進学し、好意を寄せてくる女性を「手軽な遊び相手」として玩具のように扱っていました。

美咲とつばさは、大学のサークル活動を通じて出会い、恋に落ちます。
けれど……美咲にとっては「夢のような初恋」でも、つばさから見たら「都合いい使い捨ての女ゲット」程度の出来事でしかなく……。

ある夜、つばさから「一緒に呑もう」と呼び出された美咲。
「遊ばれるだけの関係は止めなきゃ」と思っていた彼女は、つばさに別れを切り出す覚悟で出かけます。
しかし、そこにいたのは……見ず知らずの東大男子たち。
「つばさの友達」を名乗る彼らから強引に酒を呑まされた美咲の身に、とんでもない悲劇が降りかかってしまいます……

美咲は、東大生という属性はそれほど関係なく、つばさを想っていました
しかしつばさは「東大の俺様」「東大ブランドに惹かれた退屈な女」という上下関係でしか考えることができません
人間を付加価値でしか見られないつばさと悪友たちは、幼少期から、大人によって「ブランド性だけがお前の価値だ」と叩き込まれて育てられていたからです……。
エリートの彼らもまた、歪んだ価値観に呑み込まれ、順応せざるを得なかった「悲しい子ども」に過ぎないのだ、と示唆されているように感じました。

ナチスの虐殺者を目の当たりにしたハンナ・アーレントは、「虐殺は特別な悪人がやるのではなく、平凡な人々が思考停止して『みんなやってるから』と極悪行為に走るのだ」と考えました。
満州出身の遠藤周作は、『海と毒薬』に「戦地では一般人を〇したい放題で楽しかったな」と公言する出兵帰りのオジサンを登場させています。
オウム事件も「ごく普通の人たちが狂信者として暴走したカルト事件」という側面が語られています。

被害者の美咲も、加害者の少年たちも、決して特別な存在ではありません。
読者の我々と同じ、どこにでもいる一般人です。
姫野先生は、読者に対して「登場人物たちは特別な存在ではなく、我々もまた彼女たちと同じ立場になる可能性がある」と訴えているようにも感じました。


「お前みたいなブス興味ねぇw」なのに性犯罪に遭った理由


美咲は、普通に可愛らしくグラマーな女性として描写されています(私の読み違いだったらごめん)。
しかし「女は東大の俺たちにホイホイついてくる馬鹿ばかり」と女の子を見下して生きているつばさの悪友たちは、陰で美咲を「デブでブスのネタ枠」と嘲笑します

実は、知り合った女の子を騙し、あられもない姿を映像に収めて販売する闇商売に手を染めていたつばさと悪友たち。
つばさに飽きられた美咲もまた、愛する彼氏の手で売られ、アダルトサイトに陳列する商品として値踏みされていたのでした……。

美咲を酔い潰し、隠れ家に連れ込んだ男たちは……
彼女の服を脱がせ、「こんな女に欲情しねぇ」と嘲笑いながら下品な暴力をふるいます……。

出会った頃は、美咲を「魅力的だ」と褒め讃えていたつばさ。
そんな彼も豹変し、美咲をバカにする悪友と一緒に「こんな女に欲情しねえよ」と彼女を罵ります。
そもそも、悪友たちに美咲を売った男が、彼女を庇うわけがない……。

隙を見つけて何とか逃げ出した美咲は、身を潜めたコンビニから警察に通報します。
その結果、彼らは性犯罪者として逮捕されました。

しかし、美咲への暴行を「ネタ枠女への面白イジリ」程度にしか思っていない彼らは、
「なぜデブスのネタ女ふぜいが、俺たち東大生様を訴えたんだ?!」
と悩みます……。

つばさたちによる暴行の内容は、こちらの事件(と他の類似事件)を下敷きにしたものでした。
まぁとにかく酷すぎる。

少年たちは「こんな女に欲情しないから抱かない」と美咲に言い放ちました。
そして確かに「抱いて」はいません
にもかかわらず侮辱的な性暴行が加えられてしまう理不尽……。

何で「魅力を感じない」のに、性的暴行されなきゃならないんだ?!
「お前みたいなブスでデブのネタ枠」と言うなら、性的暴行なんかすんじゃねぇよ!

と思ったのですが……
「お前みたいなブスのネタ枠」だからこそ受けてしまう性暴力もある腹立たしさ……。
この遣る瀬なさ、踏みにじられ方は、かなり描くのが難しい繊細な事象ではないだろうか……?
そして多くの女性が感じたことのある悔しさ、傷なのではないか……?

韓国「n番部屋」事件のずっと前に書かれた作品ですが、犯人たちがやっていた「性的暴行の映像を売る犯罪」が出てくることも、示唆に富んでいると思いました……。
というか、「前々から存在していた犯罪なのだな……」と思い知らされた気持ちです……。
何と、(作中だと)闇稼業は裁かれていないつばさたち……。
現実世界では、この手の犯行も断罪しなきゃ……!!


エリート加害者をぶった斬る「地の文」


好きだった男の子に裏切られ、無関係な東大男子たちから侮辱を受け、さらに「デブでブスのネタ枠」という侮蔑を投げかけられながら性暴力に遭った美咲は、壮絶なトラウマに苦しむこととなりました……。
その上、ネットで「東大生に言い寄った下品な女」「自衛が甘い」「少し触られただけで被害者面」といった被害者叩きまで受けてしまいます

さらに電凸や家凸による迷惑行為まで始まり、本来なら労られるべき被害者なのに、自傷行為を始めてしまう美咲……。
救いがない状況の中、大学で教鞭を執る女性教授が、美咲に助け舟を出します。

一方、逮捕された加害者たちは……
「なぜ目下の女が俺たち東大生を訴えるのか」
「その程度のからかいで騒ぐなんてありえない」
と本気で疑問を呈します……

そのうちに「犯していないのに性的暴行の罪で訴えられるのは納得できない」とまで言い出して……。

さらに、彼らの親も、決して被害者に想いを馳せたりせず、息子の将来だけを案じます
「我が子のキャリアを台無しにするわけにはいかない」
「平凡な学歴の女の子なんか価値がないし、とっとと社会を担うエリートを許すべきだ!」

暴行事件の後は、美咲への根拠のないバッシングや、加害者たちとその家族による高慢な態度などの、なかなかしんどい描写が続きます。
特に、美咲を見下すエリートたちの態度が極めて露悪的で……。


この作品は、全体的に「地の文」に強い怒りが込められています
罪を犯しても悪びれない加害者たちへ、文字という武器をもって、鋭く非難しているようにも感じました。

 おれにとってかの人は何なのだろうかと考えるような行動は、東大に入りながら本郷に行くころには二次方程式の解の公式すら使えなくなる文Ⅲのやつらがやっているごくつぶしのような行動であり、難病や飢饉や地雷に困っている世界の人々を救えないアホな行動なのだから、そんな行動を、優秀なつばさはしたことがないし、これからもしないようにしている。
(摩耶の足のセンはよかったな。細いのに尻はむちっとしてた。あれはいいな)
 だから、頭脳優秀なつばさは、早く美咲に会いたい、美咲の膣に挿入して射精したいと欲した。
※摩耶……つばさの本カノ

(第3章より引用)

 彼らがあの夜、彼らの目的から、美咲の行動として「想定」したものは、顔を赤くしたり、歯を見せて笑ってごまかして、いやんいやんと身をよじらせることだった。
 だが、美咲の反応はそうではなかった。彼らはぴかぴかのハートの持ち主なので、裸の女がまるまって、ううううと涙を垂らしている状態は、想定外であり、優秀な頭脳がおかしてはいけないミス解答だった。

(第4章より引用)

エリートの傲慢に関する記述には、一切の容赦がありません
わざと怒りを露わにして書かれているのかな……と思ったのですが、どうだろう。


加害者家族が怒った「暴言」?!


満身創痍の美咲に手を差し伸べた女性教授は、悲しみに暮れる美咲の前で、自分の被害体験を語ります。

「私も、ブスだと罵られた男から性暴力を受けそうになった。未遂でも物凄く悔しかった」
「他人に被害を打ち明けても『相手はあなたのことが好きなんだよ』と被害を矮小化されて辛かった」
「あなたの辛さは想像することしかできないけど、元気を出して欲しい」


数少ない理解者である教授に励まされた美咲は、感極まって号泣……。

そうして美咲を力づけた教授ですが、その後、色々あって加害者家族と対峙します。
加害者の母から「どうすれば、美咲は息子を許してくれるだろう?」と相談された教授は、こう提案しました。

「あなたが被害者の前で同じ目に遭って見せれば、許してくれるかもね?」

すると加害者の母は「こんな侮辱的なことを言われるなんて信じられない!」と激怒。
そんな侮辱的な被害に遭うのは、やっぱり簡単には許せないよね……?
美咲を暴行した息子は許して欲しい。でも、自分が同じ目に遭うのは嫌だ……と……。
ここら辺は、エリートたちの偽善を的確に指摘した部分だなぁ……と思いました……。

最後に美咲は、加害者たちへ示談条件として「ある行動」を要求するのですが……
その顛末は、是非こちらの小説を実際に読んで、美咲の痛みや、加害者たちの腹立たしい結末と共に「味わって」頂けたら……と思います。


桐野夏生「この国で女に生まれることは、とても憂鬱なことだ」


この小説は、内容・展開的に「桐野夏生作品っぽい」と思っていました。
桐野作品なら、もっと違う箇所がザクザク斬られていそうですが……

その桐野夏生先生が、巻末で、賞の選評として作品の感想を述べられています。
そいつがマジで最高。

千葉大医学部生レイプ事件、慶應の学生によるわいせつ暴行事件、歌舞伎町で起きた集団路上泥酔事件、そしてJKビジネスも、アダルトビデオ出演強要問題も、ネット民による中傷も、すべて根は同じである。差別によるヘイトクライムだ。
この国で女に生まれることは、とても憂鬱なことだ。女たちの憂鬱と絶望を、優れたフィクションで明確に表した才能と心意気は称賛されるべきである。小説でなければできないことがあるのだ。

(第三十二回柴田錬三郎賞選評より引用)

私が読後に感じたこと、めっちゃコレ。
桐野夏生先生の作品も控え目に言って最高なのでオススメです。

今も起こり続けている類似事件


この作品が書かれたのは数年前ですが、つい最近も、本作と類似した事件が報道されました……。

暴行ではなく「ふざけただけ」という言い訳や、被害者に対するネット上の嫌がらせなど、そこそこ近い被害内容だと思います。

こうした悲惨な現実を可視化し、改善していくためにも、この作品を読み続ける必要があるのではないだろうか……?
と、強く感じました。

美咲に、そして彼女と同じ苦しみを抱える被害者たちに大きな幸あれ。
加害者たちも、いつか、自らの罪と向き合うときが訪れるよう願ってやみません。

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