短編小説:ガイナス王の思うがまま ~ 審判とゲーム(上)

        あらすじ


ガイナス王が支配する国。王宮内で執り行われていた儀式の最中、巫女のアラメラが不可解な死を遂げる。死因は毒物によるものと判明し、アラメラが死の直前に口にした聖水からも同種の毒が検出された。だが、聖水は儀式当日の朝に汲まれた湧き水で、その時点では何ら問題ないことが確かめられた後、壺に封じ、清めの間と呼ばれる一種の密室状態の部屋にて保管されていた。毒を混入できる者はいない状況だったが、この事件に対するガイナス王の審判は?

         本文

「おまえ達の中の一人であるのは明白だ」
 ガイナスは眼前の四人を睨め付け、抑制の利いた低い声で言った。表面上の怒りは必要最小限にとどめ、王の威厳を保ちつつ、この件に断固たる処置を執るという意思表明。それは、王が独りで直々に、四人を問い質している時点で、既に明白であったが。
「三月前に逗留したおまえ達四人の誰かが、ジョアナの部屋に忍び込み、関係を持ったに違いない」
 最前、一人一人を尋問した折に突き付けた言葉を、ここでも繰り返す。
 王宮の片隅にある広間に、臨時に設けられた裁きの場において、空気は張り詰め、息苦しさを増す。眼には見えない圧力が四人にのしかかり、部屋を実際よりも狭く感じさせた。
「もう一度言う。正直に述べよ。当人でなくてもよい。何かを知っておるなら、洗いざらい話すのが賢明だ。話すのは、今が大きな好機であるぞ」
 今を逃せば、あとで申立てをしても大した益はないと言わんばかりの口ぶりに、男達は顔を見合わせた。だが、それでも話し出す者はいない。
「演芸団として、誰か一人でも欠けると、興行に悪影響が出ると心配しているのか? もしそんなことで躊躇しているのなら、私がいくらでも一流の大道芸人を見つけて、連れて来てやろうじゃないか。息子が大いに感銘を受けたおまえ達の演目を損なうのは、私も本意ではない」
 ガイナスは笑みを浮かべて提案し、演芸団員一人一人の顔を見た。
「ジャグラーが欠けたならジャグラーを」
 ジャグリングを得意演目とするレジーを見据え、王は言う。
「奇術師が欠けたなら奇術師」
 様々なマジックのレパートリーを持つライバートンに視線を移す。
「コメディアンが欠けたならコメディアンを」
 スタンドアップコメディで観客を沸かせたキアスを見下ろす。
「腹話術師が欠けたなら腹話術師を呼んで来てやろう」
 こんな場でも人形を抱えているオルンバを最後に見た。
 王の顔付きは、好条件を示すことにより少なくとも一人は口を割るであろうという確信が、踊るように浮かんでいた。一歩間違えれば、にやにやとした薄気味悪い表情になるのが、そうはなっていない。国王の血筋がなせる業かもしれない。
 一方、王女を孕ませた疑いを掛けられた四人の男は、ガイナス王の提示した約束を聞いても、まだ心を動かそうとしなかった。この現実が、王を怪訝にさせる。信じがたい。まさか、四人の中に“犯人”はいないのではないか――そんな疑いさえちらりと浮かんだガイナスは、頭を激しく振った。
 四人の誰かであるのは確実だ。問題は、疑わしいからと言って四人全員を秘密裏に裁くと、目立ちすぎる点。王女を守るため事を公にせず、別の罪状で裁くのは、せいぜい二人までだろう。何としてでも白状させ、そいつに取引を持ち掛け、うまく罠に誘い込む必要がある。
「諸君らの麗しい友情に、感動を覚えないでもない」
 ガイナスは蔑む調子で始めた。
「だが、このまま黙りを決め込まれて、私が見逃すはずがないのも理解できよう。充分に賢明な頭脳を持っているのであれば、最後の機会を逃すとどうなるかも、自ずと想像が付くだろう。さよう、四人全員共犯と見なし、仲よく打ち首に処す」
「――」
 四人の表情を子細に窺っていたならば、皆、微かに血の気が引く様が見て取れたことだろう。耳が痛くなるほどの静寂が降りてきた。
 約一分後、ガイナス王は己の言葉の効果を実感したところで、改めて言った。
「今、いいか、今であるぞ。今、この場で一人が白状すれば、他の三人を放免するのは言うまでもないが、当事者であるその一人にも助かる機会をやる。条件付きではあるが、四人揃ってあの世に旅立つよりはましだ。――諸君らが、各々どう思うかは知らんがね」
 ガイナス王は、ジャグラー、マジシャン、コメディアン、腹話術師を順番に睨め付けた。
 やがて、演芸団員の一人が口を開いた。

           *           *

 事件は、大地の神に本年の豊穣を感謝し、来年もまた同等の豊かな実りを祈願する儀式が執り行われている最中に起きた。
 清めの済んだ壷を、巫女のアラメラがしきたりに則り、両手で捧げ持つ。一端、床に降ろし、壷の口を覆う蝋紙を、勿体ぶったような厳かな手つきで取った。弟子から火を灯した燭台を受け取ると、その火で蝋紙を燃やす。瞬く間に蝋紙は灰になった。開かれた壷の中身は、聖水。巫女アラメラは改めて壷を捧げ持つと、顔の位置まで下げ、水を一口だけ飲んだ。
 毎年恒例の流れに異変が生じたのは、その三十秒ほど後だった。
 齢五十を迎えんとして、未だに若い時分を想起させる美貌のアラメラだが、その表情が歪んだ。かと思うと、膝立ちをしていた彼女は喉元を掻く仕種を僅かにすると、前後に揺れ、そして前のめりに突っ伏した。
 鏡と巻物を置いた見台が倒れる。隣の香炉台も煽りを受けて振動し、灰が多少飛び散った。そんな様が、天窓からの日差しに白く浮かび上がっていた。
 もちろん、周囲の者達は異常事態を前にして、指をくわえ、呆然と眺めていた訳ではない。一拍の後には、何人かの男女が駆け寄り、アラメラに呼び掛けつつ上を向かせ、抱き起こした。宮殿常駐の医師がじきに到着し、診察した。が、その頃にはアラメラは意識を失い、手の施しようがない状態に見えた。設備の整った病院に搬送されたが、本格的な診断・治療を受ける前に死亡を確認。可能な限り速やかに検死作業に移行した。結果、死因は呼吸器系に働きかける毒物によるものと判明。警察の捜査により、聖水にも同じ毒が混入していたことが後日明らかとなる。
 さらに、毒は宮殿内の物が使われた公算が強まった。というのも、宮殿内には国王ガイナスの一人息子タロックのために作られた“実験室”があり、そこの棚には様々な薬品類が収納されている。事件が起きた日、タロックは別の行事に出席しており、実験室は無人。当然ながら鍵が掛けられ、誰も入れないようになっていた。だが、アラメラの死後、警察の捜査で実験室の鍵が破壊され、毒物が消えていることが発覚。タロック及び宮殿内の部屋の合鍵全てを管理する使用人頭の証言によれば、当日九時過ぎにチェックを行ったが、問題の毒物は前回と比べて量に変化はなかったという。
 問題はいくつかに絞られてきた。当面は三つ――犯人の正体、毒の入手機会、毒の混入方法――である。
「あー、憂鬱だ」
 リボーンスキー警部は壁や天井を見上げてから、独りごちた。部下のティカット刑事がそばにいるからこその独り言だ。白髪が目立ち始めたもじゃもじゃ頭を掻きながら、喋り続ける。
「王宮内での変死ってだけでも気が重いのに、報告の限りだと、現場の状況がかなり面倒臭い」
「ですね。清めの間は、一種の密室状態だったと思われますから。中に起きっ放しだった聖水に、どうやって毒を入れることが可能だったのやら」
 清めの間は、宮殿の一番奥に、突き出した離れ小島のように築かれていた。角部屋である儀式の間から延びる渡り廊下により、行き来できる位置関係だ。
 聖水の元は、単なるわき水。当日早朝、宮殿裏の山へ少し入ったところにある泉にて、巫女の弟子二人と農相の計三名によって汲まれ、素焼きの白い壷を満たす。壷は蝋紙と紙紐による封を簡単にし、宮殿内にある清めの間に運び込まれる。そこで一度封を解き、巫女自らが口を付ける。この際には、何ら異常は認められなかった。
 再び封をした壷を祭壇に置き、清めの間は外より施錠される。無論、中は無人だ。それから清めのため、しばしの時を要する。朝五時から十一時まで、清めの間を封鎖し、誰も出入りできなくする。これにより、わき水が聖水に変わるとされるのだが……少なくとも今回に限っては毒入りになっていた訳だ。
 部屋は、ドアノブに施されたごく普通のシリンダー錠により、ロックされる。このドアを開けるための鍵は、普段よりアラメラが肌身離さず持っており、事実、死亡したときも身に着けていた。
 先にも述べたように、宮殿内の部屋の合鍵管理は、使用人頭の男の役目である。清めの間に限らず、宮殿内の全ての部屋のシリンダー錠は二本ずつ鍵が存在する。その内、合鍵は使用人頭が持ち出しも含めて管理する。当然、おいそれと持ち出せる物でなく、鍵の使用者が直接、使用人頭に会い、命令ないしは依頼することで持ち出しが適う仕組みだ。事件当日までに、清めの間の合鍵が持ち出されたことはなかった。
「鍵だけでも厄介なところへ輪を掛けて、人の目もかいくぐらねばならないと来た」
 清めの間に向かうには儀式の間を通らねばならないが、壷に封じたわき水を運び込んでからアラメラが死亡するまでの間、儀式の間には必ず人がいた。人目を避けて清めの間に出入りすることは、まず不可能と考えられるのだ。
 事件発生時に、現場たる儀式の間にいたのは、被害者自身を含めて十人。アラメラとその弟子二人、農相ルマイラ、大地の神をもてなすために呼ばれた演芸団の団員四名、儀式を取材し報道するよう、唯一呼ばれたマスコミのヨークス記者、そして国王のガイナス。この他、開け放たれた戸口の両サイドに、護衛官が一人ずつ立っていたが、彼らは持ち場を離れていない。
「実験室の方は、密室じゃないみたいですから、よかったと思いましょう」
「当たり前だ。これ以上、ややこしくされてたまるか」
 実験室から毒物が持ち出されたのは、午前九時から事件発生直前までの二時間と推測される。先の十名の内、この時間帯に宮殿を離れていた者はいないが、確固たるアリバイを有する者なら、何名かいた。まず、演芸団員達は二人ずつに分かれて、宮殿を案内されていた。また、アラメラの弟子達は、アラメラを加えた三人で儀式の間に籠もり、一心不乱に祈祷を繰り返していたと証言した。
「さて……くじ引きをやり直す気はないよな?」
 第二応接室とかいう部屋の前で、リボーンスキー警部は足を止めた。部下の顔をまじまじと見つめる。
「嫌ですよ。前と同じ人が当たった方が、何かと都合がいいでしょうし。だいたい、今さら僕と交代したらしたで、不安になるんじゃないですか、警部?」
「それはそうなんだが」
 少し言い淀んだ警部。その隙に、部下はさらに奥の部屋へ、すたすたと足早に言ってしまった。
 リボーンスキー警部は小さく舌打ちした。あきらめの溜息をつくと、髪を手櫛で整え、服のしわをできるだけ伸ばした。


つづく
ガイナス王の思うがまま ~ 審判とゲーム (中)https://note.com/fair_otter721/n/n1884c917361f

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